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16. 混迷

 

 それじゃあ、リオが戻るまで食事でもゆっくり楽しんで。そう送り出されたセリオスは、大通りをだらだらと歩いていた。

 今から行く場所は一緒に行けないのかと尋ねたものの、流石にダメだと言われてしまっては仕方がない。


「すごい人の数だなぁ……」


 小腹はすいているものの、食事を楽しみながら一人でぼんやりと待つほどでもない。太陽も随分と昇りつつあるが、一層賑やかさが増した通りを眺めて歩く方が面白かった。


 交易が盛んだと言うだけあって、浮空島だと言うのに品物の片寄りを感じない。魚介を扱う店もあれば、精肉や加工肉、あるいは野菜や果物を扱う店もある。

 食べ歩きに適した屋台の並ぶ一角では、香ばしい肉の焼ける匂いに満ちていた。

 炙られたベーコンがあまりにも良い匂いを発しているので、ついつられて厚切りベーコンと葉物サラダの白パンサンドイッチの列に並んでしまっていた。


 指についた油まで惜しんでぺろりと平らげながら、セリオスは辺りを見回した。

 エスタかリシュリオを探すべきだろうかと迷う。


 往来を行く人々の顔つきは様々だ。恐らく様々な地方や国から、この地にやって来ているのだろう。

 骨格も肌の色も異なっていて、それでいて互いに生き生きと商売に勤しんでいる。


 セリオスの暮らして居たベリジンの街も、決して交易の街として劣っている訳ではなかった。それでもマレスティナの市場と比べてしまうと、規模が圧倒的に違う気がした。



 決して恥ずかしく思う事なんてない筈なのに、なんだか自分が街の規模に見合っていないような気がして不安になる。誰かが指さして笑っている訳でもないのに、自分の知らない世界に心細さを不意に感じた。

 ご馳走様と呟いて、また賑わう雑踏の中を歩いた。そうしていると、心細さが少し和らぐ気がするから不思議だ。


 何度目であろうが、これが外の世界なのだと痛感する。ふと見上げた空は、いつだったか記憶の彼方にある空の色に似てる気がした。

 バカらしく思えて、苦笑する。


 折角なのだから散策を楽しもう。

 そう気持ちを切り替えて、露店に並ぶ工芸品に目を向けた。

「おばさん、こんにちは。綺麗な細工だね。少し見せてもらっていい?」

「いらっしゃい。贈り物かい?」

「うん、そんなとこ」

 人のよさそうな女主人は、嬉しそうに笑みを向けた。

 小さな売り場のスペースにところ狭しと並ぶのは、針金のような細い装飾の数々だ。身に着けるものから、可愛らしい小物入れまで、婦女が好みそうなものが多い。

 それ以上に興味を惹かれたのは、所々に天然石や色ガラスがあしらわれている品々が、手渡されたシュテルのリングに似ていたからかもしれない。

「この装飾物って、どこの地方のもの?」

 しげしげと眺めながら尋ねると、意外そうな顔をされた。

「おや、外からの渡航者かい?」

「うん、今朝初めてマレスティナに来たんだ。賑やかで素敵なところだね」

 心から告げると、女主人は嬉しそうに笑った。

「それじゃあ知らないのも無理ないね。この細い装飾と飾り石の組み合わせは、ここマレスティナで根付いたものだよ」

「そっか、道理で。じゃあ島に職人さんがいるんだね。すごく綺麗」

 どうにか自分にもこれが再現出来ないものだろうか。同じモノづくりをする目線でしげしげと眺めていると、気を良くした女主人も得意げに話す。

「一口にマレスティナって言っても島の数は多いだろう? この島が一番大きいけれど、三番目の島が職人が多い島でね。そちらの方で作ったものを、こちらで売っているんだよ」

「そうなんだ。外の街とかにも売ってるの?」

「外にはあまり出してないよ。ただマレスティナの中で普及している装飾だって事で、技術の指標に買ってく人はいるけどねえ」

「そっか。うん、これすごい」

 どうにか作っているところを見られないだろうか。そんな事を試案していたら、ふと通りの向こうから雑踏とは違う賑やかな声が聞こえて顔を上げた。


「おや。リシュリオ坊も帰ってきていたんだね」


 驚いた様子の女主人に、セリオスもその集団の中の姿を見た。

 やって来る集団は、リシュリオを筆頭に五、六人の男たちが雑談していた。誰もが上機嫌な様子から、既に何処かで酒でも嗜んで来ているのがよく解る。

「有名なの?」

「まあ、そうね。あの子が居るだけで市場も空賊たちも賑わうんだ」

「賑わうって……商売的に重要なんだ?」

「あっはは! そうそ! あの子が空賊たち焚き付けて市場にお金を落としてくれるし、そうなれば必然的にあたしたち商売人も張り切るからね」

「ふうん、そうなんだ」

「そうだねえ。元々交易の拠点になってた島ではあったけれど、坊が空賊たちとああやって賑やかにするようになってから、ますます賑わっているからね。すごい子だよ」

 なるほどと頷くと、リシュリオに気が付かれないようにセリオスは背を向けた。

「おばさん、この小物入れ一つ貰える? それと、そっちのピアスも」

 セリオスは蓋のついた小箱と天然石を削り出して作られたピアスを示して、ポケットの小銭入れを引っ張り出した。


 小箱はしっとりとした手触りの深い緑色の布が張られた上にかぶせるように、蔦のような白銀の針金の装飾と乳白色の石が散りばめられたそれが特に目を惹かれた。見様見真似でもいいので、いつか自分でも作りたいと思ったのもある。

 ピアスの石はそれ程高価なものではない。どこにでもありふれた、曇った水晶の欠片に過ぎない。それでも、羽ばたく鳥の形に削り出された丁寧なその技術に、これを造った人は一体どんな人なんだろうと思い馳せる。

「お兄さん、贈り物なのにこんな安物の石でいいのかい?」

「あ、ううん。それは自分用。石の削り出しがすごいなって思って。素敵な小箱には、後で花でも入れて贈るつもりだよ」

「そうかい、それならよかった」

 包みながら、女主人は申し訳なさそうに告げた。

「いやね、折角島の技術を喜んでくれたお兄さんに申し訳ないんだけどね、こっちのピアスは外の人から仕入れたものだから」

「そうなんだ。申し訳なく思わなくていいよ。僕は色んな土地のいいもの見られて嬉しいから」

 言うと何かに気が付いたように、店主は首を傾げていた。

「もしかしてお兄さん、職人さんかい?」

「うん。まあ職人じゃなくて技師だけどね。いつか装飾も手掛けてみたいなって。どこの地方の技術か解ったらもっと嬉しかったけど、それを探すのも面白いからさ」

「そうかいそうかい」

 嬉しそうににこりと笑った女主人は、セリオスが言うや否や、丁度渡した小銭から、いくらかそのまま返して来た。戸惑うセリオスに、未来に羽ばたく職人を大事にするのもマレスティナだよと言われてしまう。

「でも」

「なら、またマレスティナに来た時はウチを贔屓にしておくれ。あんたの装飾品も、是非見てみたいね」

 茶目っ気づいてウィンクされて、セリオスも笑う。

「うん、その時はまたお願いします。ありがとう」

 それぞれ分けて包んでもらい、露店を後にする。その頃には、リシュリオの姿も通りの先にある店へと消えていた。


 確かマダムの店があそこだっただろうか。そう思いながら店先を通りがかりに覗きながら歩いていると、窓際の席に座っていた人物と目が合った。


「あ」


 目が合った途端、どこか逃げ腰になった自分は悪くないとセリオスは思いたい。

 そそくさとその場から離れたが、間もなく店から飛び出し背後から駆け寄ってきた足音に、あっさりと腕を掴まれ観念した。

「セリオス! なんで目が合ったのに逃げるのよ」

「やあ……イム。女の子のお喋り会の邪魔したら悪いと思っただけだよ」

 帽子の影からどこか迫るように告げられて、セリオスは視線を反らす事しか出来ない。ひしひしと、理由は解らないがエスタから苛立ちを感じたせいが大きいだろう。

「ええと、イム。腕、痛いよ」

「ええ、そう。悪いわね? 丁度私、もう耐えかねてたの。もう無理。聞くに堪えられない」

「えっと、取りあえず、落ち着こう?」

 往来の流れから外れるように、セリオスはエスタを誘導した。道の脇に連れて行くまで、もう嫌だ、信じられないと文句を言い続けた姿に苦笑する。

「えーと、何に怒ってるの?」

 恐らく自分は関係ないのだろう。ともすれば、エスタが猛然と憤慨している理由が解らない。

 正直に尋ねると、むすっとしたエスタは暫し黙った。

「あの女……」

「女? ええと、もしかしてマリアの事?」

 確か対面に居たのは、案内を任されていたマリアの筈だ。

 あの女呼ばわりしたくなるような事があったのだろうか。もしくは、大人しそうな彼女とエスタの気が、余程合わなかったのだろうかと思わずにはいられない。否、全く合わなさそうだな、と、即座に感じたのは言うまでもない。

「他に誰が居るのよ」

「あ、うん。えーと、何かあった?」

 じろりと不満げに睨まれて、セリオスは身を正した。下手に遮ってはいけないと、直勘が話の先を促させる。

「ええ、ええ! あったわ。聞いてくれる? 随分とご機嫌に口を開いたかと思ったら、親切ぶった注意喚起のフリした悪評ばっか。善人ぶってるからって何? 実は人に言えない事に手を染めているって、だから? そんなの私にだってあるわよ。あんた全部それ、考えなしに信じてるの? って感じよ。それからマダムの素晴らしさを、延々聞かされていたわ。マダムは困ってる人を見捨てないとか、分け隔てなく手を差し伸べるとか」

「そ、そっか。その、マダムの件はお世話になってる以上、その評価は仕方ないんじゃない……?」

「ええ。別にそれは構わないわ。それはいいわよ。どうでも! 誰が素晴らしいかなんて、私の知った事じゃないもの。――――けどね、あの女、他でもない私の目を疑ったのよ。何様? 腹立つ。『貴女はご存知ないでしょうが……』って、遠慮してる風に言ってくれるけど、ひとっつも遠慮も気遣いも有りはしないわ。言いたい事好き勝手言って、知ってる自分すごいでしょ? ついて行く人間を選ぶなら今よ、貴女の見る目無いわよ――みたいな態度されて、腹が立たない訳がないでしょ。あんた自身は一体どんな誇れるものがあるのよって感じよ!」

「う、うん」

 声色まで真似した様子だったのは、それが余程腹に据えかねたのだろう。外聞もお構いなしに、エスタは止まらない。

「しかもどんな御大層な忠告が飛び出るかと思いきや! 全部が全部、根拠がない訳じゃないにしてもよ? 有る事無い事、噂話をしている人の話を、通りがかりに聞きかじって知ったような浮ついた話まで、さも自分が見聞きしたみたいに言うから鬱陶しいのよ」

「そ……そっか、大変だったね」

「大変で済ませてるんじゃないわよ!」

「ええと、ごめん」

 捲し立てられて、流石のセリオスもたじろいだ。

 何について、と、核心については言わないエスタに、もしかして、とセリオスは首を傾げた。

「ええと、イム。勘違いなら申し訳ないんだけどね、ルーザかリシュリオの事でずっと言われていたの?」

 尋ねると、怒気が増す。ぎっと睨まれて、答えは出た。

 多分ルーザの事だな、と。先程話を聞いたばかりという事もあって、当たりがつく。

「だから何?」

「いや……何でもないよ」

 ルーザの事で怒るエスタもまたお人よしだなあと思いつつ、一方的に怒りをぶつけられて面倒臭いなあとも思う。ただでさえ今の一言は余計な事だったのに、それ以上火に油を注ぐ訳にもいかなくて、セリオスは思わず肩で溜め息をついていた。

「それで僕を見つけてすっ飛んできたの?」

「そうね。リシュリオさんが来たから、もうあの女のお守はしなくていいかなって思ってたけど。丁度セリオスが居たから」

「あー、うん。そっか」

 未だ他所の空賊たちと交流しているリシュリオよりも、何かと言いやすい自分に来たのか。構わないとはいえ、どうしたものか困って他所に視線を投げてしまうのは許して欲しかった。

「あーええと、イム?」

「何よ。こんな事言われて面倒くさいって思ってんでしょ。悪かったわね」

「自覚あるんだ……」

「何か言った?」

「ごめんって」

 咄嗟に余計な事を言ってしまったと焦りつつ、先程のルーザの様子を思い浮かべると、彼らが風評を気にするようには思えなかった。

「多分、どんな風に言われてても、リシュリオもルーザも気にしないよ」

 念の為、彼女の気が少しでも晴れればと思い告げてみるが、その表情から逆効果だったと簡単に知れた。

「でしょうね。だから余計に腹が立つんじゃない」

「イムは」 優しいね。そう言おうとしたが、流石に余計に怒られそうで止めた。

 代わりに、先程買った物を思い出す。

「ねえ、こういうの、君は好き?」

 ポケットから取り出したのは、先程女店主に包んでもらった小箱だ。

 贈り物という事で、気を効かせてくれたのだろう。可愛らしい淡い桃色のリボンの花が添えられていた。

「物で釣る訳じゃないけど、機嫌直して? 狂信的に噂を信じてる人を相手にしても、話が通じる事はないし、仕方ないよ」

 そうだろう? と苦笑して差し出すと、納得出来ない視線が胡乱に返って来る。

「何よそれ」

「賄賂」

「……最低。せめてもう少し言い方あるでしょ?」

「自分でもそう思う」

 でも生憎、男所帯だったから、怒ってる女の子の宥め方が解らないんだ。セリオスが苦笑して素直にそう告げると、仕方がなさそうに肩を竦められた。

「仕方がないから、それで宥められてあげる」

「ありがとう?」

「でも、もう少し不満は聞いてもらうわ」

「それくらいなら、僕にも出来るかな?」

 ついでに果物飴が食べたいと、ぼやいたエスタにセリオスは、大人しく不平を聞きつつ露店へと足を運んだ。

 

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