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15. 報告

 

 セリオスは足早に歩くルーザの背中をただ追った。

 いつの間にか、大通りの賑わいはすっかりどこかに遠退いてしまっている。辺りの家々は、大通りから離れれば離れるほどに、建物の高さは低くなったように感じた。


 どこか寂れた雰囲気に、セリオスの脳裏に不安が過る。考えすぎだろうが、街の空気感に自分があまり歓迎されていないような気がして、自然とルーザとの距離を詰めていた。

「この辺りって……」

 何気なく呟くが、ルーザが気にした様子はない。セリオスの知る限り、べリジンの町にもこれほど人気の薄くて歩くだけで不安を感じるような区画は心当たりがない。


 軒を連ねて扉の並んだ集合住宅に差し掛かると、一角に座り込んでいる姿を見つけて颯爽と向かっていた。


「アベル」


 不意にルーザが声をかけると、道の端にうずくまっていたその老人はのろのろと顔を上げた。

 一言で言ってしまうと、その老人は小汚い。仮にセリオスが一人で歩いていたとしたら、まず声をかけようとはしないだろう。表情に覇気はなく、落ちくぼんだ目に光は無い。いっそ病人だと言われた方がしっくりくる事だろう。

「お前はまたこんなところで座りこんで……。用がないなら必ず家で待ってなさいって、言っただろう?」

 何日前からここにいるんだ、と。ルーザは呆れて嘆息を零すが、老人はルーザを見ると嬉しそうに笑った。

「お……おお、島に戻られなさったか。おかえりなさい、坊ちゃん。この度も無事に戻られて嬉しい限りですな」

「ただいま、アベル。歓迎ありがとう。その坊ちゃん呼びはやめてほしいけどね。今日はお前に朗報だよ」

「え……」

 驚いた様子の老人の目線に合わせてルーザは膝をつくと、安心させるように笑みを向けた。

「見知らぬ旅の一座に預けたメリ。あんたずっと、泣く泣く手放した娘の事を心配していただろう? 彼女、芸名を名乗ってたからなかなか特定に骨は折れたけど、先日やっと見つけたよ。アメリアって名前で、花形の踊り子やってた。あんたの娘は、今も元気にやってたよ」

 ルーザが告げると、信じられないと言わんばかりに目を見開く老人がいた。余りにも目を見開くから、そのまま目玉が落ちてしまうのではないかと思ったほどだった。

 ルーザは胸のポケットから手帳を出すと、そこに挟んでいた一枚の写し絵を手渡した。そこに描かれていたのは一人のステージ衣装に身を包んだ女性だ。

 それを見た老人の目が、不意に涙に潤む。

「っ……ありがとう、ございます」

「話す機会があったから声をかけたら、あんたの事、同じように心配していたよ。公演の為に各地を巡礼しているから、個人的に遊びに来ることは難しいらしい。でも、いつかマレスティナにも来るだろうって言ってた。それまで達者でいて欲しいって言付かったよ」

 だから、と。その骨の浮いた肩に触れた。

「こんな、いつ身体壊してもおかしくない往来でなくて、風の当たらない家に居てくれるな?」

「ああ……本当に、何から何までなんと御礼申し上げたらいいものか……」

「礼が欲しかったんじゃない。ただ、お前に元気でいて欲しいだけだよ」

 言い聞かせるような言葉に、老人は身体を折って蹲っていた。老人の気が済むまでは待とうとせずに、途中で強めに身体を起こして止めさせた。

 家まで送ろうかという申し出は、今度こそ自分の足で立ち上がったアベル自身によって断られた。もう大丈夫だからと、その胸にしかと抱いた写し絵に誓ったように、穏やかな顔をしていた。


 ルーザはその場で見送って、やがて集合住宅に姿が消えるまで待った。その間、漠然とセリオスも見送り、十分待ってから尋ねた。

「あの人が依頼者だったの?」

「別に頼まれていた訳じゃないよ。ただ、周りには老害の妄想だ、幻覚だっていつも笑われてたんだ。おちこぼれの老人に、旅一座のお眼鏡に叶うような美しい娘が居る訳がないだろうって。けど、あの爺さんにとって、娘が達者であることに思い馳せる事だけが生きる綱になっててね。最近は周りの中傷に押されて元気無くしてたから、ちょっと調べただけだよ」

「ルーザはいつもこんな事してるの?」

「こんな事って?」

「その、慈善? 活動? みたいな」

「はは、偽善者じゃあるまいし。まさか」

 苦笑したルーザに、セリオスはどういうことだと首を傾げた。

「往来で一人野垂れ死なれるとね、街がとても荒れるんだ。遺体に悪さするやつもいるし、勘違いするバカも多いから。あいつにはさ、過去に何度も娘を待つならせめて建物の敷地内にしろって言ってたんだ。でもまるで聞かないからさ、納得させるためにも調べた。それだけだよ」

「でもさ、納得させて家に帰ってもらうなら、別に嘘をついても良かったんじゃない?」

 セリオスの問いに、それはそうなんだけどねと、ルーザは肩を竦ませた。

「生憎、この手の嘘はここらの住人たちは敏感でね。何故か真偽はすぐに解ってしまうんだよ」

「そういうものなの?」

「そうだね。だから事実を探して伝えた、それだけさ」

「ふうん……」

 小首を傾げたセリオスは、言う程簡単な事だろうかとふと思う。


 もし自分が同じ立場にいたとしたら、果たして同じことが出来ただろうか。考えて、即座に無理だと気が付いた。あの老人を見た時に、小汚いと感じて近づく事を躊躇った自分に、ルーザと同じ事を成すのは不可能だ。

「でもやっぱりさ、少なくとも面倒見ようって思わなかったら出来ない事だよね。普通の人が真似する事の出来ない、すごい事じゃない?」

「セリ、君なんか勘違いしているけれど、僕は面倒見がいい訳でも、正義感に溢れている訳でもないからね?」

 そういうのは、リオに言ってやりな。そう指摘されて、セリオスは首を傾げた。

「リシュリオも何かやってるの?」

「一応、ね。誰かに頼まれた訳じゃないけど、色んな奴と交流して、わだかまりが起きそうなところに積極的に関わって平定しているんだよ。損な役回りを好き好んでしてるバカだけど、僕は少なくとも、リオ程マレスティナを大事にしている人は居ないと思うよ」

「ふうん……」

 それならルーザも同じだと思うけどな。そうぼやいたセリオスの言葉は、ルーザに笑ってただ受け流された。

 受け流された事に不満を漏らしてみるものの、面白ければ僕はいいんだよと笑う。

「そんなもの?」

「そんなもんさ」

 軽い調子で言われて、セリオスはまたむうと唸った。


 もう少しで、別の通りに出ようとした時の事だった。

「よお、兄さんたち。ここから先を通りたいなら、通行料を置いて来な」

 いかにも粗忽の悪そうな男二人に、行く手を阻まれ足を止めた。

 何気ない会話は自然と途切れ、彼らを胡乱に見て、ルーザは腕を組む。

「通行料? こんな場所に? そんなもの無かったはずだが?」

「はん! テオドルーザ様が決めた事だ。従わないなら、相応の覚悟をしてもらおうか。代わりのモノを頂くまでよ」

「え」

 セリオスは思わず隣を見上げていた。本人ここ、と言いかけた言葉は、ルーザに腕を引かれて背中に庇われた為に、言葉になる事はなかった。

 何気なくその表情を伺うと、どこか面白そうに笑う姿があるばかりだ。

「生憎、君たちみたいな愚鈍に払うお金なんてないんだ。そこをどいてくれるね?」

「ふん、通行料が払えないなら、通る事は諦めてとっとと失せな。痛い目には合いたくないだろ」

「痛い目、ね。なら、力づくでねじ伏せてみなよ。出来るならば金でも何でも払ってやるさ」

「へえ。随分と強気じゃねえか」

 綺麗な顔が泣きを見ることになっても知らないぞ。じわりと両側を固めるように距離を詰めて来た男二人を見やって、ルーザは肩を竦めていた。

「セリ、少し離れていてくれるね」

「おいおい、兄さんが俺ら二人を相手にするって? 舐められたもんだな?」

「ハッ! ガキは俺が可愛がっておいてやるよ!」

 一人はルーザに見向きもせずに、後退りするセリオスを捕まえようと腕を伸ばした。


 自分から意識が反れたその隙を、ルーザが見逃す筈もない。

 おざなりになっていた足を引っかけ、セリオスに向けて伸ばされていた腕を取る。バランスを崩した男の体重に任せて、関節の曲がらない方へと腕を軽く捻り上げた。一瞬相手が悲鳴をあげて身体を強張らせたかと思うと、相手の膝裏に蹴りを入れて、わざと強く膝を付けさせる。ぎゃっと再び呻いて怯んだ姿は放り出した。

「クソッ! てめえ、よくも!!」

 今度は隣の声に驚いて身動きが取れずにいたもう一人の喉を、躊躇うことなく拳で突いた。

「ぅ……ごほっ」

 咽て身体を折ろうとした姿に、畳みかけるように後頭部を捕まえた。勢いのまま、ルーザ自身の膝に強く打ち付ける。ごっと鈍い音が響き、思わずセリオスも身を縮めた。


 決着は、一瞬でついた。鼻が潰れたのではと悶絶して言葉すら失ってもがく姿をぽいっとルーザは軽く投げ捨てた。

 セリオスは目の前の一瞬の出来事に、わあと言葉を失った。ルーザは既に興味を失ったかのように、はっと溜め息をこぼしていた。

「こんな穀潰し使って道行くヒトから金を巻き上げようなんて、テオドルーザって奴は極悪人だね。そう思わない? セリ」

 肩を竦めて振り返ったルーザは、開口一番、呆れた様子で告げた。

「……え、本人がそれ結局言うの?」

 急に話を振られたセリオスは、あまりの動揺に思わず返していた。

 我ながらなんてアホな事を言っているんだろうと思いながらも、その答えがお気に召したらしいルーザはひょいと肩を竦めていた。

「ま、その本人の顔すら知らずに語ってる君たちは、一体何様なんだろうね?」

 ふふと笑みを零したかと思うと、未だ痛みにうずくまっていた男の頭を容赦なく踏みつけた。ごつっと再び鈍い音がして、流石のセリオスも今度こそ首を縮める。「ぅぐ……っ」 といううめき声には、流石のセリオスも同情すらわいてきた。

 ルーザはお構いなしに淡々と告げた。

「ねえ。別にさ、いくら君らが僕の名前を語って好き勝手しても構わないよ。けど裏街のルールも知らずに好き勝手振る舞った君たちの事、一体全体どうしてくれよう?」

 ぎりと足に力を込め程に、男が小さく震えていたのには踏みつけた当人も気が付いた。そこで漸く足を退かすと、覗き込むように片脇にしゃがみ込んだ。

 むんずとその頭を掴んで、無理やり視線を合わせて告げる。

「ねえ? 知らないなら、よく覚えておくといいよ。僕がテオドルーザだ。僕に逆らうな。僕の目の前で粗相をするな。目障りだ。目に付くところで余計な事をするならば、次はこんな生ぬるい仕打ちで済ませるつもりは無い。次はこの地に足を踏み入れる事も出来ないように晒し者にしてあげるよ。君達の顔は覚えた。いいね?」

「あ……ああ……」

 ただ淡々と尋ねるが、男は震えるばかりで話しにならない。苛立ちを現すように、さらに髪を掴んだ手に力を込めた。

「ねえ、返事は? それとも話せないなりに、今ここで喉でも潰しておこうか?」

「っ……は、はい! すみませんでした!」

「じゃあもう、さっさと目の前から消えて」

 ぽいっと手を放すと、男たちは怯えた表情のまま起き上がった。


 全力にも見える逃げだした姿に、ルーザは疲れた様子で溜め息を零した。やがて今の瞬間的に忘れてしまっていた、と言わんばかりに隣にいた姿を思い出して、少しばかり気まずそうに振り返った。

「セリごめん。怪我なかった?」

「ルーザこっわっ」

 うひっと笑ったセリオスには、言葉とは裏腹に、怖がる様子はまるでない。ルーザは肩透かし食らったかのように瞬きして苦笑した。

「ええと、普通、怖がるならもう少し距離は取らない?」

「そう? だって今のはさ、悪党に囲まれてもあっという間にやっつけちゃう、強いルーザが悪い訳じゃないでしょ?」

 何を怖がればいいの? お嬢さんみたいに倒れてみよっか? そう尋ねたセリオスに、ルーザは悩ましそうに眉間を揉んでいた。

「セリ、君さ。人と感覚ずれてるって言われた事ない?」

「うーん、どうだろ? そうだねぇ、僕自身は普通だと思うけどね。あーでも、親方に怒鳴られたり殴られたりしても、へこむどころか嬉しそうにするのはお前くらいって言われた事はある程度には、多分ズレてるんだろうね」

 それがどうかした? と、言わんばかりのセリオスに、今回ばかりはルーザも毒気を抜かれて苦笑した。

「いや、つくづくいい性格してるよ、君」

「折角だから、ありがとう? 何が悪いのかくらい、流石の僕だって解るつもりだよ」

 詰まらなそうに唇を尖らせたセリオスは、歩きながらふと眉根を寄せた。

「……それにしても、ルーザはいつもああやって、名前を独り歩きさせてるの?」

「ん? ……ああ、まあ、いちいち気にしてもキリがないからね」

「自分の名前を勝手に騙られるのって嫌じゃない?」

 真っ直ぐに見上げたセリオスは、ルーザの目がふっと笑ったのを見逃さなかった。

「今更だよ。それに、さっき見てただろう? 僕はリオみたいな話し合いはしようと思わないんだ。荒事で物事を解決させる僕自身も、噂に乗っかってるところ有るし。その方が何かと都合がいいからね。今のままでいいんだよ」

「ルーザがいいなら……いい、か。いや、やっぱルーザは悪くないのに、仲間がそうやって言われるのは、なんだか嫌だなあ」

「はは、ありがとう」

 それでも納得がいかないのだと不貞腐れていると、ぽんぽんと軽く頭を撫でられた。

「でも、本当にいいんだよ。仲間(セリ)がそれを知っていてくれれば、誰に何を言われようが僕はそれで十分なんだ。時々善人ぶった、カンタンに暴力に訴えるどうしようもない悪党なのは、揺るぎ様のない事実だからね」

「ふーん……? そういうものかなあ」

「そういうものさ」

 うんうんと唸るセリオスに、じゃあとルーザは問いかけた。

「そうだなあ、セリはさ。竜狩族って知ってる?」

 初めて聞く単語に、セリオスはその表情を見上げて首を振った。

「ルーザがその竜狩族って話?」

「端的に言えばそうだね」

「竜……。そんな生き物がいるらしいって話は、なんか聞いたことあった気がするけど……実在してるんだ?」

「してた、だね。最後の竜が生きていたのは、僕がリオと会うよりもずっと前の話だよ。知能が高く、高貴な生き物を狩り尽くした野蛮な一族として、竜狩族は存在そのものが大罪人って言われてるんだ」

「ふーん……? 竜狩族って名前すら初めて聞いたけど、ここらでは有名な話の?」

「さあ、どうだろ。どこの地方の話なのかもわからないよ。ひょっとしたら古い人なら知ってるかもしれないけど、リオも僕が言うまで知らなかったみたいだしなあ」

「ふーん?」

 まるでピンとこないと言わんばかりにセリオスは首を傾げると、「竜ってどんな生き物なの? 形とか、生態とか」 と、疑問のままに問いかけた。

「残念ながら、僕は見たことないかな」

「それって、狩ったことがないってこと?」

「うーん、そうだね」

「でも竜狩族だから、今更悪く言われるなんて、なんてことないって?」

 そこまで問われて、流石のルーザも質問の意図に苦笑した。

 セリオスはまだ納得がいかないと、唇を尖らせふうんと何度も唸っていた。解釈は本人の好きにさせておこうと、ルーザもそれ以上の言及はしない。

 だが間もなく、じゃあさとセリオスは尋ねた。

「さっきイムが言っていた、マダムとの確執? も、同じなの? ルーザがこうやって乱暴に取り仕切ってるから、誤解があるって事?」

「あっはは! セリってば、結構遠慮なく聞いて来るね」

「だって、どうせ今じゃなかったら、ルーザは話してくれないだろう? いいじゃん、ただのついでに聞いたって。気になるんだもん」

「まあ、それもそうだけど」

 なら折角だから教えてよ、と、セリオスはせがんだ。


 初めは、それこそ話すほどの事じゃないと断ったルーザも、引く気のないセリオスにどこか諦めもついた。

「……それも大した話じゃないよ。ちょっと前にね、マダムのところで働いていた女の子を、亡き者にしたんだ」

「亡き者? 何で?」

 当たり前のように理由を聞くセリオスに、ルーザは何てことないと肩を竦めた。

「まあ、頼まれたから?」

「頼まれた? そんなとんでもない事、誰に?」

「その女の子に?」

「はあ?」

 意味が解らないと、あからさまに顔に書いてあった。それが一般的な反応かと、ルーザは思わずくすりと苦笑を零す。

「セリはさ、さっきマダムの店で働いている従業員の子たちを見た?」

「え? うん」

「若い子が多かっただろう?」

 思い浮かべて、そうかもしれないと頷いた。

「うん、言われてみればそうかも」

「あの子たちね、多くは違うけれども、親に売られて運ばれてきた子たちを、マダムが買い取って働かせているんだ」

「え?!」 驚いたのも束の間、思わず声を落としていた。「それって……奴隷? そんなの本当にあるの?」

「まあ、有体に言えば、追々そうなってただろうね。ただ、奴隷として使い潰されないように、マダムが店に囲っているって話さ」

「さっきのマリアも?」

「多分ね。マダムに引き取られた子たちは、労働でマダムの庇護を買っているんだ。そしていつか、引き取って貰った際の金額を返す事が出来たら自由の身になれる。そんな約束ありきでね」

 なるほどと頷いてから、セリオスはうんと首を傾げた。

「え、じゃあ、その女の子って……働かないといけなかった?」

「うん。マダムの元で、まだ暫く働かないといけなかったんだけど、訳在って、ここを出たいって言っていた子だった」

「じゃあその子が死なないといけなかった理由って……借金のせい?」

 セリオスの言葉に、ルーザは遠くを見たまま頷いた。

「それもあるね。そもそも自分の身を買い上げる前の子たちは、身分的には奴隷扱いだ。差別はなくても、ここから逃げ出す様なことをして見つかったら、少なくともその先まともな人生は期待出来っこない」

「そうなる可能性があって尚、ルーザに死んだことにしてくれって言うなんて……」

「ま、彼女なりに必死だったんだよ。自分が売られた事で幼い弟たちに害が及ぶのが心配だったのさ」

「え、弟さん達も売られそうだったって事?」

「可能性として大いに考えられたって話さ。どうも彼女の父親は、金銭に乏しくて、暴力を日常的に振るっていたって言ってたからね。長女の自分が守らないとって思っていたんだろう」

 あっけらかんと言われて、それでもセリオスには納得がいかなかった。

「だからって、ルーザが人殺しの汚名かぶってまで、その子を逃がしてあげる必要あったの?」

「あはは。人殺しっていうか、同類には思われているだろうね。彼女は悪漢に襲われた事にしてしまったし。流石に女の子の髪を無残に切り刻んだ時は、悪い事したなって気持ちになったよ」

「お人よしだねー」

「そんな事ないさ。その時丁度居た馬鹿どもを悪漢に仕立て上げる程度には、自分の手は汚してないもの。…………ちょっと痛め付けたけど」

「それで結局汚名はかぶっているんだから、意味なくない?」

「実際にやってないって事の方が重要なのさ」

 そうだろう? と、茶目っ気づいて笑う姿に、そうだけど、とセリオスは不承不承頷いた。

「でもやっぱり、ルーザは悪くなくない?」

「さあ。そう言ってくれるのはセリくらいじゃない?」

「そんな事ないと思う」

 仕様の無いやり取りは、大通りに戻るまで続いた。

 

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