第8話:激突
辺り一体を夜の暗さでさえ明るいと感じさせるほどの真っ黒な霧が覆っている。
「ヴァイオレット! 左だ!!」
アーリア統括が即座に呼び掛ける。
「はいっ!,《頑固な八角形》」
アーリア統括の何百年という戦いの経験から感じられるようになった相手の「氣」。それを頼りに統括は,ファフニールの攻撃を感じ取り,何とかヴァイオレット師範に向かってきた不意打ちを先んじて察知できた。
「ハッなるほど,感じ取れるのか,なかなか厄介な相手じゃねぇか……だが,まだまだなんだよ……!!」
アーリア統括は今や,これでもかというほど慎重にファフニールの氣を感じ取っていた。奴が今どこでどんな動きをしているのか,そこから,奴の攻撃の種類とタイミングを見極めんとする。しかし――
ヒュッ
「がっ,ぐァァァァァァァッッ!!」
「!? ハンネスッーーーーーー!!」
突然の叫びにケネス最高師範はその声を上げた主を見て驚く,見るとハンネス師範の左腕がごっそりとなくなっていたのだ。
「ば,バカな……妾の警戒をかいくぐったというのか……?」
「考えが甘いんだよババア,俺様はお前の『氣』が見える」
暗闇の中ファフニールの声が木霊する。
「『氣』を感じない,つまり妾の警戒の薄いところを狙ったか……流石は生ける災厄……尋常ではないな」
アーリア統括は眼をつむる。はっきり言ってこいつを舐めていた。寝起きの奴であれば、老いた自分だけでも太刀打ちできると思っていた。しかし,奴の強さは想像をはるかに上回ってきている。
「お主がやはりかつての最強の魔法剣士の一人であったことは認めよう,だがババアと言ったな……妾もお主が思うておる程,老いてはおらんことを貴様に証明してやろう……ヴァイオレット! ハンネスの治療を頼む!!」
そう言ってアーリア統括は改めてファフニールに相対する。何年ぶりだろうか――背筋が凍り憑くような感覚を覚える。それと同時に自身の体の中にかつての闘気が蘇ってくるのを感じた。
不意に暗闇が晴れる。
「ーー死ね」
その明確な殺意を伴った一言と同時にアーリア統括に向かって黒い影が飛んでくる。
ガッキィッッ!!
凄まじい剣と剣とののぶつかり合い、暗闇が晴れると同時に高速でアーリア統括の背後から近接攻撃を仕掛けたファフニールとそれを素早く察知して受け止めるアーリア統括。
不意にファフニールが消えたかと思うと今度は真上からの振り下ろし攻撃がアーリア統括を襲う、がアーリア統括もまたシールドを展開しそれを受け止め、すぐさま反撃に転じる。
お互い一歩も譲らない。一進一退の攻防が周囲の空気を緊迫させる。
「ハッ、老人のくせに少しはやるじゃねェか」
「……言ったはずだ、お前が思うておるほど老いてはないと!!!」
そう言って2人は実体化させた剣とマナソードの両方でしのぎを削り、火花を散らす。
「私を忘れてもらっては困る、《殲滅の紅炎》」
刹那、禍々しい炎を纏った紅いマナソードがファフニールに飛翔する。放った主は「豪炎の覇者」の異名を持つケネス最高師範だ。だが,ファフニールはそれをたやすく躱す。
「撹乱なしでも我ら殺せると確信を得たのか、「暗闇」の呪文を自ら解除するとは随分と舐められたものだな」
ケネス師範が怒りをにじませた声で言う。例え相手がどれほどの強敵であろうと,自分の実力を過小評価されるのは「豪炎の覇者」の誇りが許さない。
「そりゃそうだ、不意打ちにも関わらずお前の攻撃は俺に対処された。舐められるのも当然だ、そうだろう?」
ファフニールはそう彼を見下した。だが、
「本当に対処できているのか?」
ケネス師範は見下した彼に疑問を投げかける。
「ーー!?」
見ると,ファフニールの避けた紅蓮のマナソードが中庭の地面に突き刺さり,炎上し始めている。その炎は徐々に勢いを増し,ファフニールの背後に急速に迫りつつある。
「避けられるのは想定内だ」
「チッ,野郎」
ファフニールが舌打ちをする。そして,炎を振り払わんと呪文を唱えようと腕を上げると,
《光刃》
アーリア統括に阻まれ,マナシールドの展開を余儀なくされる。
《灼熱の隕石》
ケネス師範に追い打ちをかけられ,展開したマナシールドがすべて破壊される。
「畳みかけるぞ,ケネス」
アーリア統括の合図とともに,二人はファフニールを取り囲むように四方八方にマナソードを出現させる。その一つ一つが対象を葬らんと剣先を向け,動き出したその瞬間ーー
「調子……乗りやがってぇ!」
ファフニールが吠えた。彼は足をたわめると,上空に飛んだ。あまりの一瞬の出来事に師範たちも一瞬彼を見失った。がしかし,上から聞こえてきたその異様な音によって,上空にいるのを認識する。
バキッ……ギィィッ……バツン
という音とともに元ルイスが来ていた修練場のローブが背中から飛び出した突起物のようなものによって破れる。そしてそれは徐々に大きくなり,最終的に,ファフニールの背中からヴァサッと音を立てて広がる。まさしくそれはドラゴンの翼であった。満天の星の光を受けて鈍く輝く漆黒の皮に黄金の爪が付いた,悍ましい見た目の翼がファフニールから生えたのだ。
翼を広げ,星がきらめく夜空を背後に,二人の師範を睥睨した彼は言った。
「来いよ……本気で相手してやる」