第7話:覚醒
舞い上がる土煙の中から現れた1人の門下生ルイス・サルバドールは師範達の方を見据え、薄ら笑いを浮かべていた。
「ケネス師範、あの門下生は?」
そばにいたハーネス師範が小声で耳打ちする。だが、返事が返ってこない。見ると、ケネス師範は顔を真っ青に染めて、絶句していた。
「け、ケネス師範⁉︎」
「な……逃げ遅れた…‥のか?」
ケネス師範は掠れるような声でそう呟く。ハーネス師範が慌ててケネス師範の肩を揺さぶり、ケネス師範は我に返った。
「あ、ああ、すまない……大丈夫だ」
ケネス師範はそう言ったが、その顔からは今のこの状況が只ならぬ事態であることがひしひしと伝わってきた。
「アーリア統括……」
ケネス師範は今しがた頭の中によぎった『悪い予想』が当たらないことを祈りながらアーリア統括の方を見るが、その答えはケネス師範の『悪い予想』の通りであった。
「……呪われておる!!」
アーリア統括もケネス師範同様,唖然とした顔でそう言った。
……が即座にマナリングを起動。
《超新星》
ルイスに向かって巨大な光剣が音速で飛翔する。
命中。強力な衝撃から,またしても中庭の土が舞い上がる。
土埃から現れたのはさっきと変わらない様子で師範を睨みつけるルイスだった。
つまり無傷。アーリア統括の極め抜かれた魔剣技を前に,即座に反応し,それを防ぎきる防御魔法を展開したということである。
「……効かないねェ」
その口から発せられた言葉は,確かにルイスから発せられたものだが,師範たちにはまるで別人の,まるでこの状況を楽しんでいるかのような無邪気な声が聞こえた。
「……始末するぞ」
アーリア統括が声色を変えてそう言う。その声はアーリア統括の強い意志を目の前に現れた一人の門下生を始末するという強い意志をにじませていた。
師範が門下生を殺すなど絶対にあってはならないことだ。しかし,そんなことはわかり切ったうえでの判断。おそらく彼は,そう,ファフニールに呪われてしまった彼はもう助からないということなのだろう。中庭にいた残り3人の師範たちもそれを察したらしく,マナリングを起動し,臨戦態勢だ。
「ファフニール,妾のことは覚えているかな?」
アーリア統括が念のため交渉を試みてみる。
「はぁ? 覚えてねぇな」
彼の声にはどこか無慈悲で残忍な性格を思わせる響きがあった。彼が体から発する鋭いオーラも併せて,四人の師範たちは皆,たった一人の門下生を前に尋常でないほど緊迫した空気を作っていた。
――少なくとも,前にいるのは門下生ルイス・サルバドールではない。
そう言った確信が師範たちの中にあった。
「とりあえず,肩慣らしにお前らを殺す」
ルイス改めファフニールはその左手にはめられた禍々しいオーラを放つマナリングをこれ見よがしに師範たちに見せつける。
フィィィィィ
ファフニールの周りにおぞましい数の光剣が出現する。次の瞬間,そのおびただしい数の光剣が師範たちの方へ銃弾の如く襲い掛かる。
「死んでも防ぎきれ!!」
アーリア統括の喝が聞こえる。師範たちはありったけの魔力を放出し,魔法壁を生成する。
ドォォォォォォッ
直後すさまじい轟音とともに悍ましい数の光剣と魔法壁のぶつかり合う音が聞こえる。
「くっ……ぐぅぅぅぅぅぅ!」
師範たちはおぞましい数の光剣に思わずうめき声を上げる……が一歩も譲らない。例え相手がどれほどの脅威だろうと避難した門下生たちには危害を加えさせまい,という師範の威厳がそこにはあった。光剣vs魔法壁の激しいマナのぶつかり合いで,周囲の空間に歪みができる。
「くっ……ぐぉぉぉぉぉぉぉ《憤怒の反撃》ォォ!!!」
炎の覇者の異名を持つケネス師範が反撃の呪文を詠唱。その瞬間押されかけていた魔法壁が炎を帯びて発光し,ファフニールの無数の光剣を吸収したかと思うと……
「ぬぁぁぁっ!!」
ケネス師範の雄たけびと共に魔法壁が灼熱の剛腕へと姿を変え,ファフニールに向けて強力な右フックをぶちかます。あまりの突然の反撃にファフニールも思わずマナシールドを張る。しかし,ケネス師範のパンチはそんな壁を軽く蹴散らし,ルイスを体ごと,壁に吹き飛ばした。
ドッォォン
という轟音とともにファフニールは壁にめり込んだ。周囲のレンガがバラバラと音を立てて崩れ落ちる。
「ハッ,雑魚風情が俺様の魔剣技相手にカウンターとはなかなかやるじゃあねぇか?」
強力な衝撃で,気を失ったかと思われたファフニールだったが,強力な攻撃で所々に傷はあるもののまだまだ余裕のある口ぶりだった。
「私が魔法剣士になって早20ラトス。どれだけ厳しい修業を積んできたことか,40ラトスも呑気に眠ってきたお前にはわかるまい」
ケネス師範は最高師範の貫録を漂わせた声でそう言う。
「クハハッ、技の練度ってのはぁ,命の取り合い,つまり戦場に赴いてのみ磨き抜かれる。貴様のその『厳しい修行』とやらは無意味で甘ったるいものに過ぎねぇんだよ」
そう言ってファフニールは再び詠唱を開始する。
「暗黒の夜明け」
その瞬間,辺りがどす黒い霧に包まれる。
「しまった! 皆背中合わせになれ,お互い絶対に離れるなよ?」
アーリア統括が叫ぶ。
「了解!」
そう言って師範たちは即座に背中合わせになる。一瞬の静寂,その後,師範たちの脳内に例の声が響き渡る。
「さぁぁて,俺様はどこにいるでしょーうか。まぁ,お前たちごときに僕の撹乱魔法が破れるわけないだろうけどねぇ……」
師範たちはファフニールの生み出した黒い霧に阻まれ,完全に彼を見失った。