第3話:兵舎にて
「ルイス君,具合どう?」
治療室の椅子で休んでいた俺に,リアナ先生が聞いてきた。
「はい,もう大丈夫でっ……痛っつ」
マーティーの神槍を受けたことでみぞおちに多大なダメージを受けた俺は,ギャラリーとして観戦しに来ていた,回復術師のリアナ先生に心配されて,ここまで連れてこられた。
「ライナー師範から,新しい部屋は「ビギナー」304号室だと聞いているわ,傷が落ち着き次第,そこに向かってね」
リアナ先生が言う。
ライナー師範は,ランク「ビギナー」の代表師範だ。僕もかつてランク「ビギナー」の訓練生だった際にお世話になった。
厳しいが,実力は確かで,雷属性による超高速連撃が得意なことから“神速の雷鳥”の異名を持つ。
――僕がランク「ビギナー」に降格したこと知ったとき,どんな顔したんだろう
そう思いながら傷が回復したことを感じた僕は
ランク「ビギナー」の兵舎へと向かった。向かっている途中,
「あ,あいつマーティーに負けて降格食らった深海魚じゃね?」
とか
「あいつか……ランク「ビギナー」に負けたとかいうあの……」
「そうそう,見るからに弱そうだろ?
目立たない黒髪にニキビっ面でさ……」
とか
「あ,見て見て,あいつ自分より低ランクの奴に負けたらしいよ~」
「マジ~? だっさ~」
という具合に,人に会うたびに
たびたび恥をかかさされる羽目になった
――はぁ,物理的なダメージは回復したけど,
精神的なダメージはなかなか治りそうにないな
そう思いながら304号室へと向かったのだった。
§
「301……302……303……」
「お,ルイスじゃあないか,久しぶりだな」
「あっ……お久しぶりです」
最悪のタイミングだ。あともう少しで自分の部屋に入れるところだったのに,よりによってライナー師範に出くわしてしまった。
「マーティーとの決闘,動きは悪くなかったと思うぜ」
意外にも師範は僕の戦い方をほめてくれた。ライナー師範は比較的狡い錯乱攻撃などは好まないタイプだったはずだが,あれで良かったのだろうか。
「実践では相手をどんな手を使ってでも倒さなけりゃならねぇ,それがたとえ真正面からの攻撃でなかったとしても,ダメージを与えた方が勝ちだ。そういう意味でお前の戦い方はあってたと思ってる」
「でも……結局、マーティーには負けましたし……」
ライナー師範はそらを聞いて、深く頷きながら、こう言った。
「マーティー,あいつの性格はとことんひねくれてやがるが,とんでもねぇ才能を持ってんだ,この修練場に入門して数日でランク「ビギナー」のトップに君臨したようなやつだし,ランク「ブロンズ」の昇格試験もあとほんの少しで合格だった,そんな奴と決闘してんだ,ちょっとやそっとの努力じゃ,あいつには勝てねぇよ」
なるほど,やはりそれが僕に決闘を
挑んできた理由だったわけだ。
昇格試験がもう少しだったなら,
次の試験を待つより僕を倒す方が早いと思ったんだろう。
そして案の定,彼の予想は当たったわけだ。
「あの……師範は強くなるために一番必要なものって、何だと思いますか?」
俺がそう言うと,ライナー師範は去り際に
「知らんな,そんなもの自分で考えろ」
と言って,いなくなってしまった。
「はぁ~やっぱ自分で考えないといけないよな~」
人に頼ってばかりでは,強くはなれないということだろう。
――そう,そんな簡単に強くなる方法なんてないんだ……
自分なりに頑張っていくしかない。
僕はそう思って,気を取り直し,304号室へ入った。
「お,深海魚君じゃ~ん」
てっきり個人部屋だと思っていたので,
いきなり声をかけられて,体がビクッとなる。
――そういや,ランク「ビギナー」までは相部屋だったんだっけ,それで相方は……
部屋を見渡して見るとベッドが二つ置いてあり,
そのうちの一つで,緑色の髪に,ワックスをたっぷりつけた、
つんつん髪の容姿端麗な青年が寝ころんでいる。
アーリア―修練場の制服である
長袖のフード付きローブの袖を,
肩から切り落として(もちろん違法改造),
そこから大胆に見える腕には
芸術的な刺青(これもルール違反)が刻まれている。
「おお,セオ君,久しぶりだね」
この子の名はセオドリク,修練場一番の「チャラ男」で,
魔法剣士としての,類いまれなる才能を持ちながらも,
あまりに多くの場内ルール違反によって,
師範から何度も降格をくらっている生徒だ。
僕がこいつと知り合いなのは,
僕がまだランク「ブロンズ」だったとき,
こいつがルール違反でシルバーランクから降格してきて,
僕と一緒に,よく試験の追試を受けていたからだ。
彼曰く,人の話をひたすら聞くことが,すこぶる苦手らしく
講義やら試験やらを受けている自分の意志ではなく瞼が勝手に閉じていくらしい。
「マジで,無意識なんだって,俺だって聞こうとしてるのによ!」
と居眠りを自分の瞼のせいにしていたのをよく覚えている。
「君もランク「ビギナー」に降格しちゃったのかい?深海魚君」
「その呼び方,やめてほしいな」
僕は少し腹が立ったのでそう言ったが
「僕と仲良くランク「ビギナー」に降格しちゃってるようじゃあ,それは無理だな,深海魚君」
と言い返される。
「ムムム,確かに……」
そりゃあそうだ,ブロンズランクにとどまっていた時代でも,深海魚呼ばわりされていたのに,ランク「ビギナー」降格となってしまってはもう何も反論できない。
でも,こいつが言う悪口は,なぜかマーティーのような毒がない,それが僕がこいつと仲良くしている理由でもある。規則を守らない人間は基本嫌いだけど,こいつはおそらく,本来はいいやつなのだろう。
「降格しちゃって機嫌悪いんだろ,
ほらライトグリーンチョコレート,どうぞ」
ライトグリーンチョコレート――通称《LGC》
名前の通りチョコバーのような形
をしているが,その色は蛍光色で、
見るからに怪しい食べ物である。
一応,その成分は法律的にぎりぎり違法ではないらしく,
治安維持部隊に捕まったりすることはないが,彼の
「これ食べると,サイコーに気分がハイになって,
やめられなくなるんだよ,マジで」
という発言から,おそらく違法薬物と同類の何かだろう。
もちろん健康上の観点から,修練場では禁止されていて,
見つかると罰則を食らう。
「いらない、もうこれ以上降格くらいたくないし」
僕はキッパリと断った。
§
――マーティー,あいつの性格はとことんひねくれてやがるが,とんでもねぇ才能を持ってんだ
夜になって,僕は暗い部屋のベッドの中で
ライナー師範の言葉を反芻する。
「才能……か……いいなぁ」
僕はマーティーのような才能に恵まれた,天才じゃないし,ラードのような努力のできる秀才でもない,優秀な父を持ちながら,その遺伝子は受け継がれなかったわけだ。
――全く不幸な人間だなぁ,僕って
《……が――ほ……いか?》
「ん? セオ君何か言った?」
声が聞こえた気がして,寝返りを打ち,セオ君に話しかける。
「ん~? んにゃ,何も言ってねぇよ……」
彼は眠そうに返事をしてきた。
「そ……そうかい,ごめん起こして」
――おかしいな,今何か聞こえた気がしたんだけど。耳鳴りかな?
お読みいただいた方,ありがとうございます。
合法か?非合法か?LGCことライトグリーンチョコレート
現在販売されている三種類のフレーバーを紹介します!
プレーン
一番オーソドックスな奴。ほのかな酸味とマイルドな甘みを見事に両立させたチョコレート。
口いっぱいに広がるミルクと怪しい“何か”の味,一番人気。
ミント
かぶりついた瞬間に,ミントのさわやかな香りが鼻を通り抜けていく。
チョコミント好きにはたまらない一品。口いっぱいに広がるミントと
怪しい“何か”の味。
ラズベリー
人気駄菓子,BERRY×BELLYとのコラボ商品。種類の違う三つのラズベリーが
芳醇な甘みを作り出す。他と比べてちょっとお高い。芳醇なラズベリーと怪しい
“何か”の味。
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