2 落ちこぼれは図書館へ行く
初回投稿二話目です。明日からは一話ずつになります。
図書館は好き。静かで落ち着く。なによりここでは誰も私にちょっかいをかけてこないし、勉強ができる。分からないことがあったら私たちの先祖とも言える本を見ればいい。ただ本があるだけの空間を、私はここ以外に知らなかった。
毎日三年間も通っていたら、必ず見せるはずの生徒証を見せることもなく入れてしまうのがちょっと得した気分で。きっとそんなことほかの誰も知らないだろうなと思うのだ。それから二つ目の扉をくぐって、中に入る。
この図書館は三階建てだ。更に地下もあるらしい。地下は禁書だとかが仕舞われているから行ったことはないけど、地上階は全部見て回ったことがある。一階にはホールと歴史学、生物学についてが。
手前の広いホールが自習用だけど、私はそこには座らず階段で上にあがる。
上がりきった二階の一角が神聖力についての本棚で、その中に一つだけ机と椅子があるのだ。誰も座らないその場所が私のお気に入り。ちょうどそこからは一階のホールが見えることも私だけしか知らないと思う。
「ふん……ふふ、ん」
思わず鼻歌がもれてしまうくらい、私はテンションが上がっていた。
「さ、勉強……。あ」
椅子に座ろうとしてようやく気づいた。演習場から直接来たから何も持ってきていないことに。どんくさいな私! なにしてるんだろう。私はまた階段を降りて、誰もいないホールの横を通りながら外へ出る。
「まぁ、逃げ出したいのは確かだったからなぁ……」
だからといって、荷物を忘れるにも程があるけれど。そんな呑気に歩いていたのが悪かった。前から来る人に気づかないで、思い切りぶつかってしまう。
「あいたっ!」
「うおっ!?」
どんっと尻もちをついて、フルートをしまっていたホルダーが腰から外れた。ころころと転がるフルートは、目の前の人の足にあたってようやく止まる。学校指定ではない、見慣れない靴だった。
「ああごめん! 大丈夫か?」
顔を上げて、私は思わず固まる。……なんだこの野性的なイケメンは!? 短くかりあげた赤茶の髪と同色の瞳。着崩した聖奏団の制服から覗く男らしい喉仏。そしてなにより差し出されるごつごつとした手! 私の知る男性とは程遠い……。
「あ、ありがとうございます」
手を掴まれて「力が強いな……」と思いながら立ち上がると、その人は私の落としたフルートを拾い上げた。
「君、フルートクラス?」
「はい! といっても……落ちこぼれなんですけど」
「そうなの? 俺もフルート担当だからさ、なんかあったら聞いてな! じゃ、頑張れ!」
にかっと笑うとその人は颯爽と去っていく。かっこいいなぁ。いや、かっこいいけど……かっこいいけどさ!
「そもそもあなた誰ですか……?」
どんどん小さくなる背中に向けて、私はぽつりと呟いた。その問いに答えてくれる人はやっぱりいなくて、そのうち風が吹いたら嫌だな、と私は足早に教室へ向かった。
フルートクラスの教室はA棟の四階の一番奥の部屋。その教室の前にずらっと並ぶ鍵付きのロッカーにだけ荷物が入れられる。教室にはいつも誰もいない。机と椅子と黒板だけがある場所になんの用があるって言うんだ。仮に補習を受けるとしても、先生から話があるとしても、それは職員棟にある会議室とか個室を借りることになるはずなのに。
「あった、荷物」
私の名札がついたロッカーの中に、通学鞄と登下校用の制服が入っている。そうだ、着替えもしなくちゃ。私は更衣室で制服に着替え直すと、今度こそ荷物を持って図書館へ戻る。
「ただいま戻りました〜」
司書の先生はどうやら少し出ているらしい。誰もいない司書室の前を通り抜けて、階段を登った。椅子に座るとようやく落ち着ける。
「ふぅ、これで一息つける……ぁ!」
やってしまった。座る前に何冊か本を持ってくればよかった……。
「また立たなきゃ。なんでこんなに段取り悪いんだろうなぁ」
そんなこと、考えなくてもわかる。考えてないからだ。もっと理知的に行動しないと、神聖力は使えないのかな? でも理知的行動ってなんだろう。ひとまずそれは後で調べよう。
「あった。神聖力の本」
タイトルは『はじめての神聖力』。そのままだ。あと二ヶ月なのだから基礎からまた始めるべきだもの。その本とあと二冊ほどを持って私は席に戻った。ようやく座れる……そう思った時、聞き覚えのある声が私の耳を打つ。
「レイ! あなたまたここにいたんですの!?」
アリストロシュ様が一階のホールで腰に手を当ててぷりぷりと怒っている。ぷりぷり……ぷすぷす? ぷんぷん、の方が正しいのかな。とにかく、あんまり怖くないみたい。アリストロシュ様にぷくぷくされている相手は、男の子。
銀色の髪をワックスで後ろに撫で付けたみたいな髪型の子で、ときどき図書館へやってくる。一週間に一度くらい。でもアリストロシュ様がいらっしゃっているのは初めて見た。もしかして彼がアリストロシュ様の婚約者かな。違くても爵位は高そうだ。仲も良さそうだから、もしかしたら幼馴染というやつはのかもしれない。
レイ君──私は彼の名前を知らない──はアリストロシュ様に座るようにうながしたのか、二人は向かい合わせに座って話をしていた。
この場所からだとちょうどアリストロシュ様の背中とレイ君の頭が見える。後ろ姿だけでも、アリストロシュ様が色んなお話をしているということが分かる。でもどこか、私の知るアリストロシュ様らしくなくて、まるで一人の女の子みたいで。『社交界の若き華』なんて異名は合わないと思う。
「なんか……雲の上の話だなぁ」
婚約者なんて、ずっと私には関係ないことだと思ってたから。貧乏男爵家に婚約の話が来るはずもなくて、婚約の相手を探すこともなくて。そんなことを考えながらぽけっとレイ君を見ていると、不意にレイ君は顔を上げた。
「え……?」
目が、合う。
もしや、声が届いた? いや、でも……この距離で。傍でアリストロシュ様が話しているというのに。レイ君は顔をついと背けた。
「っ、わ……!」
かたん、とお尻から床に落ちる。びっくりして腰が抜けた。鋭い目で見られることなんてあんまり、なかったし。どうして私を見れたのか偉い人のことはよく分からない。どちらかと言えばアリストロシュ様の方が大きな声を出していたと思うんだけど、違うかな。
ただ、
「かっこいいなぁ……」
床に座ったままちらりとレイ君を見て、私はぽそっと呟いた。先程の男性といい、レイ君といい、私は野性味溢れる男性が好きなのだ。ぽよんとしたお腹の人や筋肉の少ない可愛らしい子、木の枝みたいに骨と皮だけの人はあまり好きじゃない。健康的で、存在感があって、いつも厳しい鋭い顔をしてるけど、不器用で優しい人とかすごく好き。
ちなみに私の初恋は聖守団の当代『剣』特別守護者様だ。パレードの時にちらりと見たことを私は一生忘れない。私のいる方を見てほんの少しだけ口角を上げたのを代々語り継がせたい。そのくらいに好きで、いまも憧れだ。
「……ああ、思い出してしまった」
あの時の感動を。ときめきを。絶対、絶対忘れないためにも……。そんな、憧れの人をもう一度一目見る機会を得るために! この様子なら、今日は調子よく勉強できそうだ。立ち上がって、椅子に座る。
「よし、やるか!!」
そして本のページを一枚めくった。右手でペンを取る。……あれ、ない。
「あ、ノートとペン出てないや」
なんてこった。ダメダメじゃないか私。まずは鞄からノートとペンを出すところからだ。私はうきうきしながら準備をはじめた。
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