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1 落ちこぼれは音を奏でる

 四月末まで毎日投稿です。初回二話投稿。三十一話完結。よろしくお願いします。

 雲ひとつない青空の下で、「整列!」という大きな声が響いた。その声を上げたのは上二の階級を持つ男性教師で、その声に従い背筋を伸ばす私、カモミ・デ・フルーはその生徒。私を含む計四十人の生徒たちが、その次の指示を待っている。

 私の体の後ろにフルートがしまわれていることは、訓練前に確認した。先生の「構え!」という声で慌てず、しかし素早くその陶器の楽器を引き抜く。ホルダーの外し方のひとつまで、揃っている。唇でやわらかくフルートをはさんで、掛け声とともに息を吹き込む。


 そして、それぞれのフルートから黄緑に近い音符が音ともに飛び出す。比喩ではなくて、楽譜に載っている音符が形となっている。生徒たちの前に竜巻が現れたのはその三十秒後のことだった。一糸乱れず、吹いて、吹いて、吹く。それに合わせて竜巻も動いて、大きくなり、鋭くなる。

 その中で、私だけがただ音を奏でている。私だけが仲間外れで。

 しばらくの間、そんな光景が続いていた。


 合図とともに進み、動き、止まる。軍隊のような訓練をしているこの場所は、ティトル聖奏高等学校。对となるティトル聖守高等学校とあわせてティトル校と呼ばれ、二十四のクラスがある。

 オーボエ、フルート、クラリネット、サックス、トランペット、ホルン、トロンボーン、ユーフォニアム、コントラバス、シンバル、グロッケン、ハープ。

 (ソード)(ガン)(シールド)(ボウ)(アックス)(ハンマー)(スピア)(ハルバード)(ケイン)(ブレード)(ニードル)(クラブ)


 聖奏校では楽器を。聖守校では武器を用いて授業をする。ティトル校は『奏者』と『守護者』と呼ばれる軍人を育てるための学校であり、そして、貴族の一般教養を学ぶための学校なのだ。

 そのため、いや、だからこそ男爵家の娘である私はこのティトル校に通っている。クラスはフルート。だけど私はその落ちこぼれだ。


「よし、完璧な動きだった。これなら大丈夫だろう。そろそろ試験があるのは分かっているな? 弛むんじゃないぞ! 解散!」


 その合図で、今日の授業も終わった。どんよりした気持ちを抱える私の傍に、先生がやってくる。低い声で私に声をかけてくれる先生は私の一学年の頃からの担当の先生で、一番私のために骨身を削ってくれている人だ。


「カモミ。今日も良かったぞ」

「あはは……ありがとうございます」

「あと二月だが、その……大丈夫か?」


 心配するように話しかける先生に、私は愛想笑いしか返せなかった。先生は髪をぐしゃぐしゃとかくと、「諦めるなよ!」と言う。私も、諦める気はない。せっかくここまで来たのだから……諦めたくは、ない。だけど……。そう思った時だった。


「あら? カモミさんまだいらっしゃったの?」

「先生に教えを乞うているのではなくて?」

「あなただけ試験に受からないのでは、と危惧しておりますのよ」

「一緒に試験に受かるといいですわね〜」


 高位貴族の子達が話しかけてきた。クスクス笑いが、身体に刺さる。悪意のこもったその言葉に、私が軽く返すことが出来ないのはいつものことだった。


「お前らな……いい加減にしろよ」

「いい加減にするのはカモミさんではなくて?」

「だって先生? カモミさんだけだもの」


 そしてその子は笑いながら口にする。


()()()()()()()()()()()()()()()()()、どうしてこんな所にいるのかしらね?」


 先生の前だと言うのに、わざとらしく私を馬鹿にする。体がブルブルと震える。実害はないけれど、でも、痛い。悔しい。苦しい。きゅっと唇を結んでしまう。

 そこへ、一際美しい人が声をかけてきた。


「おやめなさいな、皆さん」

「アリストロシュ様!」


 その子たちを諌めたのは、フルートクラスの成績上位者で、公爵家のご令嬢。アリストロシュ・レ・アスティー様。金の髪を靡かせる、社交界の若き華と言われる方だ。私と同い年だとは思えないくらい気品があって華やかで。なにより……大きい。私のつるぺったーんな胸と違って、ふわっとしててふにっとしてる立派なお胸が鎮座してる。羨ましい。

 違った違った、つい私欲が入った。

 兎にも角にも、そんなアリストロシュ様は老若男女貴賤を問わず人気がある方なのだ。そのためアリストロシュ様の権力を狙う人達が多い。私を馬鹿にする子達は、実はアリストロシュ様の権力を狙うご友人(とりまき)だったりする。


「カモミさん」

「っ、はい!」


 声をかけられて、つい背筋を伸ばしてしまうほどに高貴な方で、だからこそ自分にも周りにも厳しい。案の定アリストロシュ様が口にしたのは、謝罪と現実だった。


「ごめんなさいね、でも、やる気がないのならばやめてしまいなさい。ここは遊び場ではなくてよ」

「……すみません」


 どうして、私はどうしてこんなダメなんだろう。ほかの人に注意されるようなダメな子なんだろう。頭を下げると、紫の髪が目に入って、母様を思い出して泣きそうになる。母様は素晴らしい方だったのに。


「そこまでにしておけ」


 間に入った先生は、強引に話題を変えた。私からアリストロシュ様へ。庇ってもらったことに、安堵と感謝と……惨めさを覚える。私はダメな子だけでなくて性格も悪いのか。


「アリストロシュ。入団試験は受けるんだろう? 期待しているぞ」

「ええ。必ず上三の階級をいただきますわ」


 自信を持ってそう答えるアリストロシュ様に、周りの方が声をかける。人が集まり、楽しそう。私には誰もいないのに、なんて嫉妬してしまう。


 上三というのは、階級のこと。下から三、上三、二、上二、一、特一となる。特一は別名特別奏者、特別守護者と呼ばれてクラスごとにたった一人しかいない名誉な役職だ。アリストロシュ様はそれを目指している。

 ティトル校の生徒は卒業したら聖奏団か、聖守団に入団するかのどちらかで、高位貴族は籍だけ置いて貴族の仕事に精を出すのが一般的。だけれどアリストロシュ様は、聖奏団員として活躍し特別奏者になるのが目的なので、入団試験で上三の階級にならなければならない。


「上三なんてひと握りですのに、素晴らしいですわ!」

「毎年、一人出るか出ないかなのでしょう? 確か前年度はいらっしゃらなかったとか」

「ここ五年間一人も出てないらしいわね。上三を目指すなんてアリストロシュ様さすがですわ!」


 入団試験で上三になる生徒は、彼女たちの言う通りとても珍しい。だからエリートコースと呼ばれている。クラスに関わらず、今まで特別奏者になったのはエリートコースを通った生徒だけなのだ。


「家のことは大丈夫なのか?」

「婚約者もおりますし、早めに特別奏者になりたいと思ってますの。あまりにも芽が出なかった場合はすぐに辞めさせられてしまいますから、頑張りますわ」

「まぁ素敵! さすがアリストロシュ様ですわね!」

「目標を立てるだけでなく、それに対してどうアプローチしていくかまで考えるだなんて……!」


 だんだんと居心地が悪くなってきた。彼女たちは、みんな入団できるのが当たり前と思っていて、正しくそれが当たり前なのだけど、私だけは違う。

 存在せず、正式名称でもないけれど実は四級と呼ばれている階級があるのを、公然の秘密としてみんなが知っている。四級は、入団できなかった人のことを指す言葉なのだ。私は、その四級になる可能性がいちばん高い。だって当たり前の「()()()()()()()()()()()()」が出来ないのだ。


 だからこそ、私は落ちこぼれで、進級さえも危うい生徒なのだった。こうして三年まで進級できたのは先生方が私が努力していることを認めてくれたからであって、いわゆる平常点というやつがなければ、今頃どこにも居場所はない。


 ティトル校には平民も通えるので、私が市井で暮らし始めたら「あのこ卒業できなかった落ちこぼれなんだよ〜」とか言われていじめられるに違いない。実際そういったことはあったらしいし。


「すみません、私このあと自習したいので……ここで失礼します」


 とうとう私は深々と礼をして、逃げ出した。優しくしてくれる先生に申し訳ないと思いながら、図書館へ向かう。私が神聖力を込められないのは、きっと神聖力に対する理解が足りないからだ。だから、あと二ヶ月、勉強をするのだ。それ以外に、私に出来ることはないのだから。


 図書館への道が、いつもより長く長く感じられた。目元が熱くて、静まり返った廊下で誰か他の人が私を見ているなんて、思いもしなかった。

 読了感謝です。アイリス大賞に応募してるので女の子っぽい子を書いてみたんですけど、難しいですね……。よかったら【☆☆☆☆☆】をぽちっと、ぽちっと押してやってください。泣いて喜びます。ほんと、ここの下のとこなので。ちょっと触れるだけでいいので。

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