ニエリカ
本編
地図を頼りに入り組んだ街並みの路地裏にまで到達したはるか。
ここかなぁ?
そこはいかにも怪しく如何わしい雰囲気の店のような家であった。
ドクロは吊るされているわ気持ちの悪い生物の死骸など不気味なものばかりが飾ってある。
よしっ、と心を決めたはるかはドアをノックしてみることにした。
『トントン!トントン!』
「どなたかいらっしゃいませんかあ〜?」
留守なのかなぁ?と思い、中を覗くと身長150cmもないような小さな少女が倒れていた。口の周りは吐瀉物まみれで、気絶したように目が上を向いている。
これはマズイ!と思ったはるかは、「お邪魔しまーす。」といって中に入り、少女を介抱する。
「大丈夫ですか?!」
「うっゲロッうっ」
大丈夫だ。意識はあるようすだ。
慌てて口周りの吐瀉物を拭き取りながら応答を求める。
彼女ははるかを真っ黒なクマのついた目で睨みつけた。
「なん…なの…あんた…人の…オエッ… 研究所に…うっぷ…勝手にあがりこんで…」
「私の名前ははるかです!あなたの力が必要なんです!魔具について教えて頂けませんか?」
はるかの両手に抱え込まれた状態から自らの力で少女は起き上がった。
「今からがイイところなのよ!
邪魔しないでよねっ!
お、おお、おおおおっ!
キタァあああああっッ!」
何が来たのかわからないが今の今まで自分の力で動けなかったのにもかかわらず急に立ち上がって更に大声で叫び出した。
きっとこう言う人のことをサイコパスと呼ぶのかと思い、アリスの言っていた意味を完全に理解できた。
バッチリ開いた目でこちらを見つめ、さっきまでとは違う態度で今度は興味津々に話しかけてきた。
「私、リアナ!で?で?何々?魔具?そんなことよりあんたもこれ飲む?」
差し出された試験管の中にはドス紫色の液体がはいっていた。
「うえっ…これ飲んだんですか?一体なんなんですかこれ?」
無理矢理飲ませようとしてくるので必死に抵抗する。
なぜなら吐瀉物まみれには絶対になりたくないからである。
この攻防は数分に渡り続いた。
リアナの言っていることは意味不明で支離滅裂。文脈すらとびとびでまともに話せていないが、気になるワードが飛び出す。
「なんか大きな川あったでしょ?!あなたも次元超えてニエリカ通って来たんでしょ?
「エンティティには会った?」
「やっべぇ!目が見えなくなってきたぁー!」
「じゃあちょっといってくっわ!」
「で、出りゅううううううっ!」
そう言うとリアナは意識を失ってしまった。一体何が出そうだったのか気になる。
これを飲んだら死んでたかもと思うと命拾いした気分だった。
そんな事を考えていると、はるかは目を疑った。
目の前にはさっき倒れたままのリアナとは別に、幽体離脱しているリアナが腰に手を添えて仁王立ちしているではないか。
「これでやっと普通に話せるわね。」
幽体の方のリアナが偉そうに話しかけてくる。
「あなたの考えてることは全部わかるわよ。あーなるほどロハンの奴の紹介なのね。で、元の世界に帰りたいと。今すぐ帰ることだってできるわよ?」
「え、本当ですか?」
はるかは全てを解放された気分になった。
しかし残り2人に早くこのことを伝えなければならない。
「魂だけ一回帰って戻って来ればいいのよ。残りの子は後で一緒に帰れば?」
はるかは表情を曇らせると「それでもいいって思ったわね。じゃあ早くそれを飲みなさい。」
「えっまじかよ…(.考えが読まれている事を完全に理解した)」
はるかの顔はひきつった。
しかしこんなチャンス滅多にないと思い、鼻をつまんで一気に飲み干した。
絶対不味いと思っていたが、以外に薄い醤油のような味で臭いも特別嫌なものではなく飲みやすかったことに少し驚いた。
「じゃあ私はちょっと彼にあんたのこととか話してくるわ。」
「じゃぁねー。」
そう言うとリアナの幽体は物凄いスピードで天井を突き抜けていった。
宇宙にでもいくのかなぁ…というくらいのレベルのスピードであった。
するとすぐに天からリアナが帰ってきた。
「ああ、そうそう、私が帰ってくるまで絶対この部屋から出ないでね。」
ゴミ箱のようなものを指して早口で「それと、吐くならここね。じゃあまたあとでー」
再び天井を飛び越えて行くリアナ。
超人というレベルでは説明がつかない。神と呼ぶのが相応しいのかもしれない。
飲んだはいいが、なにも起こらない。
はるかは退屈していた。
すごい部屋だなぁ…と思い辺りを見回してみる。なーんか理科室みたいな感じを思い出した。
思い出に浸りながら時が流れるのを待つ。
30分経過…
急激な妙な吐き気に襲われるはるか。
これは…我慢できない…
「ごめんなさい!」
指定場所にリバースをキメるはるか。
吐くとなぜかもの凄く楽になった。むしろ多幸感に包まれて先程のリアナのように大声で叫びたい気分になる。
すると視界が歪み曼荼羅模様と共にクルクル回りだした。
サイケデリックアートのような模様が視界を覆い、目は見えていない。
意識は拡大し、上昇していく感覚。
ふとこの感覚に似たような体験をしたことがあることに気がついた。
あのカラオケボックスの中での出来事だ。
次第に座ってもいられなくなり、意識を失っているリアナの隣に倒れこむ。
「そろそろかなぁー。」
幽体リアナが研究室に戻ってきた。
はるかの倒れている事を確認し、手を思いっきり引っ張る。
すると黄金色のはるかの霊体がスポッと出てきた。
はじめての幽体離脱経験に感動する。
「私今すごい夢みてたんだけど…これもまだ夢なんでしょ?」
はるかはSFやスピリチュアルには興味がないので今、現実に起こっている事には半信半疑だ。
「まあ似たようなもんよ、ついて来なさい。」
リアナははるかの手を引っ張り、光速を遥かに超えるスピードでこの世界の惑星を飛び出した。
「きゃあああ!」
絶叫マシン1兆倍のチンサム体験に本体があれば確実にミカちゃんのような失禁キャラになっていただろう。
はるかとリアナは宇宙空間を彷徨っている。
光速以上のスピードにも慣れてゆき、その無数の星々の絶景に目を奪われる。
「慣れてきたみたいだね、綺麗でしょ?ふふっ」
リアナはやはり私の考えていることがわかると確信したと同時に、はるかの方もリアナの考えている事がなんとなく理解できているような気もする。
「えーと、ブラックホールはっと…あっちかー、遠いなぁ〜、ちょっと飛ばすわよ!」
これ以上かよ。と覚悟を決める。
更にスピードを上げると目の前には黒い重力の塊がいくつも重なり、明確に視認することができない。
そこにはオーラに包まれた闇、としか説明できないものがそびえる。
「そんなこと考えるんじゃないの、感じるんだよ。」
「 じゃあ突っ込むよぉ〜!」
リアナの勢いを今更どうすることもできないことを悟ったはるかは覚悟を決めた。
一番大きなブラックホールのようなものに思いっきり突っ込んでいく2人。
トンネルのようなワームホールを通り、またキラキラした宗教的としか言いようのない世界へとたどり着いた。
その場所は宇宙人がダンスしていたり、人間の形に似たものが共存しているような、見たことのない風景が広がっていた。
「ここが天国…?」
「んー、まぁ間違いではないけど、あっちの方みてごらん。」
リアナに言われた通りの方向を向くとそこには三途の川だと確信できる風景が広がっていた。
「わたし…死んだの?」
はるかは急に感情的になり、泣いてしまった。
「大丈夫生きてる生きてる!」
リアナは慌てて小さな体ではるかをギュッと抱きしめた。
するとリアナの幸せな生命力に満ちたエネルギーが
身体中に流れてくるのを感じ、不安やネガティブな感情はどこかへ消え去った。
「ねぇ、ここってどこなの?」
安心したはるかは微笑みながらリアナに聞いてみる。
「ほら、安心しましたって言ってごらん?」
…「安心しました。」
言霊ではるかは本当に安心した。
「んーなんなんだろうねー、私にもわかんないや!私が思うに世界を繋ぐ場所、なんじゃないか…な?」
よくわからなかった。
リアナの頭の中には時間の有無だの次元の狭間だの死んだ人間の魂の集まる場所だとかの思考がはるかに流れてくるので頭がパンクしそうだ。
リアナはまたはるかの手を引っ張った。
「目的忘れるところだった!いこ!」
「ニエリカに!」
ニエリカとはトンネル状の扉?みたいなもののようでそこをくぐれば元の世界へ帰れる可能性がある。と、リアナから伝わってきた。
少し移動すると大きな赤いサイコティックな門が現れた。
「飛び込むわよ!」「うん!」
中に飛び込むと辺り一面にモニターのようなものが無数にある。
その真ん中には100mはゆうにある人型の神々しい生物?が現れた。
はるかはそのオーラに圧倒された。
これ以上の壮大な存在は他にないことを悟った。
「やっほー、エンティティ。この子がさっき言ってた子よ。」
リアナはかなり仲良さげに話しかける。
「ほほう、なるほど。この娘には壮大な使命がある。
いずれ分かるだろう。」
エンティティは図太い声で脳内に直接話しかけてきている。
「あなたは神様?閻魔様?一体なんなの?」
はるかの問いにはリアナの思考が答える。
エンティティは神よりも上位の存在であり、全ての時空、時間、世界線に干渉している。
会えるのは限られた存在のみだと言う。
「少し楽しんでくればいい。 時間など気にするな。またあの星に戻りたくばリアナが察するであろう。」
そう言ってエンティティは
はるかを見つめて準備ができるまで待つ。
他にも色々教えられたが、地球語では理解できないようなことばかりで現実に持って帰ることができなかった。
「ちょっとの間だけだったけど、楽しかったよ!また迎えにいくからまた遊ぼうね!」
リアナは笑顔で手を振る。
はるかはリアナを信じた。
「覚悟はできたようだな。達者でな。」
エンティティの言葉とともにまばゆい光に包まれ、また例の感覚に襲われた。
◇
気がつくと病院のベッドに横たわっていた。
「はるか!目覚めたのね!もう、目覚めないかと思っていたわ!」
そう言ってはるかの母が泣きながら抱きしめてきた。
そう、ここは…
日本だ。
今までのことは全て長い長い不思議な夢だったのだと思った。
後から聞いた話では、はるかは、カラオケボックスで倒れているところを店員が見つけて救急車で搬送され、精密検査をしたのだが意識が戻らない状態で現代の医学では原因不明まま植物人間として入院させられていたらしい。
CTや色々な検査を受けた。
そして、1ヶ月すると退院することができた。
「やっと学校に行ける。」
はるかはウキウキしながら学校へ向かう。
学校に着くと、
「おっはよー!」
と、全員に挨拶していくはるか。
みんなもはるかの帰りを心待ちにしていたようで教室中は喜びに溢れかえっていた。
席順に違和感を感じたはるかは顔を青ざめながら、問うてみる。
「あの…さ、ららとみかは?」
「んー?誰ー?そんな子いないよー?」
クラスメイトの女子が答える。
「やっぱまだ退院はやかったんじゃねーの?」
男子は笑いながらからかってくる。
はるかは泣きながら教室を飛び出していってしまった。
※5話へ続く
ニエリカ(nierika)というのは、メキシコ・ウイチョル族(Huichol)がスピリチュアルな世界へ通じる境界域を呼ぶことばである。白人でありながらマラアカメ(ウイチョル族のシャーマン)になったプレム・ダスは「光り輝く渦巻き状のトンネル」と表現している。(Joan Halifax 'Shamanic Voices')
プレム・ダスはウイチョル族の宇宙開闢神話を語る。
「原初の頃、太陽は新しい世界が出現する夢を見たので、それを探すようカウヤマリ(小さな鹿の精霊)に命じた。光り輝く渦巻き状のトンネル、すなわちニエリカがどこにあるか、太陽に教えられていたので、カウヤマリは難なく通路を見つけることができた。彼はタテワリ(大いなる祖父の火、シャーマンの先祖)やあまたのウルカテ(精霊)を引きつれ、ニエリカを通ってエリエパ、すなわちこの世に着いた。彼らは山や川、植物、動物、男や女を造った。
「最初の人々は人間だったが、同時に神でもあった。彼らはニエリカを通って自由にこの世と天上世界を行き来することができた」らしい。