挨拶すれば友達ですか?(4)
アナウンスと共に、ホームに電車がやって来る。
扉が開いて車内に乗り込む。手前の扉近くの席が空いていたので、そこに腰を下ろしたら、天宮も当然のように隣に座った。
電車の扉が閉まり、車内が揺れ始める。
「……天宮って、家こっち方面なんだ」
「え、うん。摩耶駅だよ」
なんと、降りる駅が同じだったので少し驚く。
「あ、そうなの?俺も摩耶だけど、それにしては今まで一度も見かけたことなかったような」
一年以上、同じ通学路を使っているのに天宮の姿を目撃した記憶がない。まあ、天宮を意識して探した事もないし、人の記憶なんてそんなものかもしれない。
「私は何度か見かけたことあるよ。ていうかさ、一ノ瀬がスマホばっか見てるから気づかないだけじゃん」
……そう言われると、通学中は漫画アプリで亮太と三好オススメの『これ読まなかったら人生の半分損するセレクション』をずっと読み耽っていたかもしれない。
「そっか。そうだな、次からは気づいたら挨拶する事にするよ」
そう言うと、天宮は満足したのかスマホを取り出してラインのやり取りを始めた。
和樹は、なんとなく窓の外を流れる景色を眺めた。
どんよりした曇り空は、日に日に灰色を濃くしているような気がした。そういえば週末は雨だと予報で言っていたのを思い出す。
「一ノ瀬ってさ」と天宮がスマホに目を落としたまま話しかけてきた。
「部活、やってないんだっけ?」
「あ、うん。アルバイトしててさ。西宮のうどん屋で。定休日の月曜と、金曜以外はバイト入ってるんだ」
本当は金曜もバイトに入れるのだが、店長が「若いのに働いてばっかりじゃあいかん。どうせ大人になれば嫌でも毎日働くんだから今のうちに遊んどけ」と金曜と土日のどちらかも休みにされてしまった。
休みにされたって、遊びに行く予定なんてないんだけど……。
「へえ。じゃあバイトの日は路線が違うんだね。それであんまり見かけなかったんだ」
天宮は合点がいったようで、なんか納得していた。
「あ、うん。天宮は、なんか部活やってたっけ」
「えっ、ううん。何もしてないけど」
天宮は、なぜか少し不機嫌そうに答えた。
「え、でも一年の時に誘われなかった?どこかマネージャーしてくれ、とかさ」
ウチの学校の伝統なのか、見た目の良い女子生徒にはメジャーな運動部からマネージャーの勧誘がくるらしい。まあ、どうせ世話してもらうなら美人にしてもらいたい、という気持ちはわからなくもない。
「あー、うん。あったけど、全部断った。ウチ、お母さんもお姉ちゃんも働いてるから、帰ってから夕飯の支度とか洗濯とか、私がしてるんだよね」
なんというか、天宮みたいなイケイケのリア充っぽい子は遊び回ってんだろうなーとか、勝手に思っていた為に、ちょっと意外な一面を知って驚いた。
人は見かけによらないらしい。
「……それに他人のお世話とか向いてないし」
と、天宮は付け加えた。
「ああ、それっぽい」
「なにそれ、ちょー失礼だし」
天宮がプイッと顔を背けたのが可笑しくて、つい笑ってしまった。