挨拶すれば友達ですか?(2)
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「じゃあ今配った進路調査表は、今月中に記入して提出してください」
担任が、そう締めくくってH Rは終了した。ガラガラと椅子を引く音を立てて、生徒たちが席を立ち、教室を出ていく。
和樹も鞄を手にとって、亮太と三好に声を掛ける。亮太と三好は、和樹とは帰る方向が反対なので、最寄り駅までの徒歩五分ほどの間でしかないが、一緒に帰る事になっていた。
三人で並んで校門をくぐる。亮太と三好は昼休みと同様に、昨日のアニメの話で盛り上がっていた。
駅の改札口の前まで来ると、三好がスマホに目を落とす。
「じゃあ、僕は今日はデートなので」
そう言い残して、三好は、改札はくぐらずに駅ビルの方へと去っていった。三好は週にニ、三度はこうしてデートに向かう。三好の彼女が通う美影高校は、この駅からやや距離はあるが、歩いていけないほどでもないので、きっと、どこかで待ち合わせしているのだろう。
それじゃあ自分たちも帰るか、と思い改札に向かおうとしたが、亮太が急に立ち止まった。
「いっちー、俺……話しておきたい事があるんだけど……」
「えっ、なに?」
亮太は、なんだか照れ臭そうに視線を逸らし、おずおずと話し始める。
「あのさ、実は俺……」
「あっ!りょーたさーん!」
突然、女の子の声が亮太を呼んだ。声のした方を向くと、制服姿の小柄な女子が、ぱたぱたと駆けてきた。
「亮太さん、お待たせしました」
「あ、いや、今来たところだよ。えっと……」
「そちらの方は?」
「その、いつも話してる友達の、いっちーで……」
「そうでしたか、はじめまして。中谷優花です」
そう挨拶した中谷さんは、ぺこりと頭を下げる。
「どうも。一ノ瀬です。ねえ、亮太。もしかして……」
苦笑いを浮かべつつ、亮太の方を向くと、ちょっと照れた感じで亮太が答える。
「ああ。うん。優花ちゃんとは、一ヶ月前くらいから付き合っててさ。SNSでアニメの感想とか言い合ってるうちに仲良くなって。たまたま住んでるとこ近かったから、会ってみようって話になってそこから……」
亮太が馴れ初めから話しているのを、自分は、へえーとか、ほうーとか、適当に相槌をうって聞いていたが、正直、全然耳に入って来なかった。
中谷さんは、小柄でどんぐり眼の小動物のような雰囲気のある可愛らしい子だった。しかもこの紺色の制服は、お嬢様学校で有名な武庫山女子の制服……。
それに対して、亮太はお世辞にも女子受けする容姿とは言いがたい、オタク丸出しの男だ。亮太とは一年の頃からの友人なのだが、申し訳ないが、本音を言わせてもらえば、中谷さんには、もっと相応しい素敵な男が、きっとどこかにいるんじゃないかと言ってやりたかった。いや、亮太がいい奴なのは知っている。しかし、亮太より見た目が良くて、中身もいい奴なんていくらでも……と考えてると、亮太が焦ったように言葉を続ける。
「いっちー、俺らこれからサイゼでお茶しようと思うんだけど、よかったら、いっちーも一緒にどう?」
「あー。いや、俺このあと予定あるから。また今度の機会にでも」
「そうですか、残念です。では、一ノ瀬さんまたの機会に是非お話しましょうね!」
そう言われ、和樹は作り笑いのままに会釈して改札口に向かった。
改札機を抜けて、もう一度振り返ると、二人は自分の事などすっかり忘れて、二人の世界に入ってしまったようで、手を繋いでサイゼリアの方へ向かって行った。