冬に咲く花火(2)
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「お疲れ様でしたー」
12月24日。
二号店のアルバイトを終えて、店長さんに挨拶をする。
先に着替えた宮地は、俺が着替え終わって出てくると店の中にその姿を残しておらず、もう帰ってしまったのかもしれない。
「ありがとう、一ノ瀬くん。悪かったね、こんな日に働いてもらっちゃって」
厨房の奥から、二号店の店長さんがわざわざ顔を出して労ってくれた。
三角巾を取ると、店長さんの長い黒髪がぱらりと肩に落ちた。
……まさかこの美人店長が、あの店長の奥さん、だなんてことはないだろうな。
絶対に違いますように、と神に祈りながらお店を後にすると、扉を開けたところに宮地が座っていた。
「おお、宮地。お疲れ」
「……お疲れ様です、先輩」
宮地は寒そうに震えながら、挨拶を返した。
しかし、そこから動こうとしない。
「……宮地、帰らないの?」
「…………」
いったいどうしたというのか。
そこで俺は店長の言葉を思い出した。
……あー、業務命令か。
「なあ、宮地。別に無理して店長の言葉を守らなくていいんだぞ」
「……別に。無理とかしてないし」
「でも、興味ないって」
「ルミナリエに興味はない……けど、先輩がどうしても私と行きたくて、誘ってくれるなら、一緒に行ってあげてもいいです」
寒さのせいか、宮地は鼻も頬も耳も赤くなっていた。
俺は宮地の言葉の真意を考える。
宮地は口が悪く、素直じゃない性格の持ち主だ。
興味ない、とか言ってるけど、本当は観に行きたいのかもしれない。
その理由に俺を使おうなんて、本当に手のかかる後輩だ。
「あー、わかった。一緒に観に行こう」
ふぅー、やれやれ。
一仕事終えた顔で、俺は宮地に微笑を見せると、宮地の表情がパァと明るくなり、笑みを浮かべた。
会場は、たしか市役所の南の広場だったか。
俺が頭の中で地図を展開して歩き始めると、宮地が左腕に絡まって身を寄せてきた。
「……宮地。あんま引っ付くなよ」
「えーっ、でもこのほうが暖かいですよ?ほら、私って意外と寒がりなんで」
「……いや、だけど誰かに見られたら」
「先輩は、誰か見られたら困る人でもいるんですか?」
一瞬。
頭の中に、天宮恵理の顔が浮かんで消えた。
なにを、馬鹿なこと。
俺は目を伏せ、首を小さく横に振った。
「いや、まあいいや。はぐれても困るからな」
会場に近づくにつれて、周りに仲睦まじく歩くカップルたちの姿が増えていく。
時刻は間もなく18時。
吐く息は白く、冬の夜の闇に溶けて消えた。
会場に設置された舞台の上に立った市長がマイクを握る。
簡単な挨拶と、震災の被災者の方々への黙祷。
そして、カウントダウンが始まる。
カウントが進むごとにザワつく周囲。
だんだんと、周囲の声が揃い始める。
――さん、に、いち。
パァン、と夜空に一斉に光のアーチが架かった。
隣で宮地が感嘆の声を漏らした。
俺は、その瞬く光から目を逸らせずにいた。
夜の空に咲いて、一気に染めたイルミネーションの光は、まるで夏に見た花火のようだと、俺は思った。
あの時、俺のすぐ隣には、確かに天宮がいた。
花火の光に照らされる、天宮の横顔に見惚れた。
帰り道、手を握ったら握り返された。
温かく、熱を帯びた小さな手。
あんなに近く、天宮を感じられたのに。