冬に咲く花火(1)
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頬を撫でる風が、突き刺さるような寒さを孕んでいる。
足元から吹き抜ける冷気が、身体を震え上がらせた。
定期考査で忙しく過ぎ去った11月の秋模様は、枯れ落ちる紅葉と共に薄まり、12月を迎えて世界は一気にクリスマスムードを漂わせ始めた。
今日あたりから寒くなる、と和葉に言われて申し訳程度にマフラーを巻いてきたものの、もうシャツの上にカーディガンを羽織っただけの格好では寒すぎる。
明日からはコートを着よう、とか考えながら歩いていたら、少し前のほうに、同じくバイト先のうどん屋に向かって歩いている宮地由希子を見つけた。
「よう、宮地」
「あ、先輩……えっ、その格好寒くないですか?」
「ああ、寒いよ。宮地は随分と暖かそうな格好だな」
見ると、宮地はキャラメル色のダッフルコートを羽織っている。
大人しめのオレンジ色の髪がよく映えて似合っていた。
「ええ。私って意外と寒がりなんで」
「いや、別に寒がりに意外性を感じたりはしないぞ。宮地が実は北国の出身だった、とかならともかく」
「いえ、めっちゃ地元民です」
「だよな。知ってた」
そんな下らないやりとりをしているうちに着いた俺たちは、交代で更衣室で仕事着に着替えた。
「店長。これ、今月のシフトです」
「あ、俺も」
俺たち二人からシフト表を受け取った店長は、手にとったそれをジッと見て目を細める。
「なんだお前ら。二人ともクリスマスもイブの日も出勤希望じゃねーか。それでも健全な現役高校生かよ。情けない」
はあー、と溜息を吐いて首を振る店長。
「いや、クリスマスに不純異性交遊してる高校生よか、よっぽど健全だと思いますけど……」
「何言ってやがる。高校生にもなって彼女の一人も作れない高校生のどこが健全だ。そんなんじゃロクな大人になれんぞ」
「あんたこそ何言ってやがるんだ。店長の説教聞いて彼女が出来るなら、いくらでも聞いてあげますけどね」
「ほほう、殊勝な心がけだ。そんなお前らに、俺から少し早めのクリスマスプレゼントをやろう」
言って店長はニヤリと笑う。
「へえ。なにくれるんですか」
「三ノ宮の、ウチの二号店は知ってるよな?」
「いや、知りませんよ。そんなのあったんですか?」
「あるんだよ。それでな、そっちのアルバイトの二人は健全な学生さんたちだからイブの日は都合つかないんだ。だからお前ら二人、イブの日は二号店の出勤にしてやる」
「それはいいんですけど、それのどこがクリスマスプレゼントなんですか?普通にシフト入れられただけじゃないですか」
「イブの夜に、うどん食べに来るようなカップルはいないからな。17時には店を閉めるんだよ。で、その日はルミナリエの点灯式で、会場は店と駅の間だ」
神戸ルミナリエ。
毎年クリスマスシーズンに開催されるイルミネーションのイベントだ。元々は震災の追悼や復興を願うイベントだったが、街にかかる光のアーチの美しさに、多くのカップルや家族連れがやって来る神戸の恒例行事となった。
「一ノ瀬と宮地さん、二人で観ておいで」
「いや、店長。俺と宮地はただのバイトの後輩の関係なんで。そういうのじゃないんで」
「そこで宮地さん誘えないから一ノ瀬はモテないんだよ。はぁー、まあとにかくこれ、業務命令だから。絶対だから」
クリスマスプレゼントじゃなかったのかよ。
話は終わりとばかりに、店長は厨房の奥に引っ込んで行った。
振り返り際に、宮地にウインクしてたように見えたが、中年のウインクなんて見たくもないので記憶から消し去る事にした。
宮地のほうを見ると、宮地はジッと俺を上目遣いに睨んでいた。
「……宮地。そういう訳だけど」
「いや、別に私ルミナリエとか、興味ないんで」
……ですよね。




