嫌われたって友達ですか?(3)
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リビングで座ってテレビを観ていると、隣に妹の和葉がスポーツドリンクを持ったまま座った。
派手な金髪は風呂上がりで艶やかに濡れていて、バスタオルを被っているため顔が隠れている。
俺は構わず、ぼんやりテレビを眺めていたら、和葉がボソボソと呟いた。
「……お兄の馬鹿」
「……なんだよ、急に」
「私、今日帰りに駅で恵理ちゃんに会ったんだけど」
……そういうことか。
「恵理ちゃん、不安がってたよ。突然、距離を置かれたら誰だって不安になるよ。せめてさ、話くらい聞いてあげてよ」
天宮は俺があの日、教室の扉の前で立ち聞きしてしまった事を知らないのだろう。
突然、よそよそしくなった俺の態度に不安になるのも無理はない。
「……ほっとけよ。お前には関係ないだろ」
「あるよ。恵理ちゃんは私の大事な友達なんだから」
『友達』という言葉に胸が締め付けられ、つい顔を背けてしまう。
そんな事を言われても、もう無理なのだ。
あの日あの言葉を聞いてから、ずっと見て見ぬふりをしてきた自分の感情に、どうしようもなく自覚してしまった。
俺は、天宮のことが好きだったんだ。
好きになるわけない、と言われてようやくそのことに気づくなんて、皮肉なものだ。
あいつと仲直りして、『友達』に戻るということは、この先ずっと、この気持ちを隠して、『友達』でい続けるということだ。
そんなの、もう無理なんだ。
「あー……、やっぱやめ。今のナシ」
「は?」
隣を見ると、バスタオル越しに金髪をボリボリかいて、ゆっくり立ち上がる和葉と目が合った。
「お兄の良心に訴える作戦。お兄みたいなチキン野郎に行動を自発的に促そうなんて、あたしがどうかしてたわ」
「なっ、おまえな……」
「出来ない言い訳ばっか並べて、自分が傷つかないように予防線ばっか張って。あたし、お兄のそういうとこが嫌いなの」
「……別にお前に好かれたいなんて」
「恵理ちゃんのこと、駅で助けた時は考えなかったんでしょ?昔、あたしを助けてくれた時だって!失敗したらどうしようとか、それより先に身体が動いてたんでしょ?あたしが好きなお兄は、そういう人なんだよ!」
「お前、何言って……」
「お兄の足りない頭でいくら考えたってさ、正解なんて出てこないんだよ。それより、もっと大事なことが、此処にあるでしょ」
そう言って、和葉は自分の胸元に手を置いた。
いや、それより結構な悪口を言われている気がするんだが。
「お兄は、どうしたいの?」
「俺がどうしたいかって。そんなの……」
そんなの、決まってる。
だけど、
「だったら、そうすればいいじゃない。言い訳しないでさ。どうせ無理だとか、やってから言いなさいよ」
妹に、睨まれる。
俺は何か言い返そうとして、何も思い浮かばず俯いた。
「お兄、そこで俯いたら、この先ずっと俯かなきゃいけなくなるよ。恵理ちゃんは、もうお兄と無関係な人間じゃない。彼氏が出来たってのろけ話も、別れたって愚痴も、いつか、結婚したって報告も、恵理ちゃんの友達のあたしが、全部お兄に伝えてやるわ。そうしなくたって、きっとお兄は知る事になる。その度に、お兄はそうやって俯いて生きてくつもりなの?」
「……それは」
「あたしは、そんなお兄は絶対見たくないから」
そう言い残して、和葉は3階の自分の部屋に上がっていった。
言いたいだけ、言いやがって。
本当に遠慮がない。
和樹は突き刺さった言葉のひとつひとつを、ゆっくりと、心にしまった。