嫌われたって友達ですか?(2)
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私の部屋の真ん中で、座布団の上に胡座をかいて座る和葉ちゃんは、私の話を聞き終えると、テーブルに出した茶菓子を摘んで紅茶で流し込み、一言だけ「へぇー……お兄、結構やるじゃん」と感想を漏らした。
事情を聞かれた私は、和葉ちゃんを部屋に招き入れて、洗いざらい全て話すことにした。
一ノ瀬との馴れ初めから、『友達』の関係を築いたこと、デートしたこと、すれ違ってしまったこと。
明るく透けるような金髪を、ボリボリ、とかいて和葉ちゃんは、今聞いた話を吟味しているようだ。
「あー……、私さ。妹だけあってお兄とは過ごした時間の長さだけは誰にも負けないの。だから、お兄の考えてる事、なんとなくわかるんだ」
そう言って和葉ちゃんは居直り、私と視線を合わせる。
「恵理ちゃんは、お兄に嫌われてなんかいないよ」
その言葉を、しかし私は素直に受け止められないでいた。
そんな様子もお見通しらしい和葉ちゃんは、言葉を続けた。
「もし、嫌いになっちゃったら、怒って突き放すと思うんだ。でも、お兄は別に怒ってない。ただ、恵理ちゃんの言葉を聞いてしまって、距離を取ろうとしてる。それは、お兄が臆病だからだよ。恵理ちゃんのせいじゃない」
「でも、私が」
「今の恵理ちゃんがするべき事はさ、失敗の理由を並べることでも、それを悔いることでもないよ。今、抱えてる気持ちを全部ぶつけることなんじゃないかな」
再び視線を合わせると、和葉ちゃんの真っ直ぐで真剣な瞳に射抜かれた。
その瞳が、優しさに溢れて色を変える。
「気持ちをぶつけるのって、怖いよね。自分の全部を投げ打って、それで失敗したら絶対に傷つく。言い訳もできないくらい落ち込む。でも、そうやって捨て身で全部ぶつけなきゃ、他人の心を動かすなんて出来ないって、私は思うんだ」
自分の全部をぶつける。
その通りだ。結局、それしか私に出来ることはない。
いつまでも頭の中で悩んで、考えてても変わらない。
傷つくのを恐れて、自分を守って殻に篭ってたのでは、一ノ瀬を振り向かすことなんてできない。
「私なんてしょっちゅうだよ。死ねとか、嫌いとか、お兄と喧嘩して、時々、本気でキレてぶつかり合ったりして。だけど、それでも私がお兄の『妹』じゃなかった事なんて、ただの1秒だってなかったよ」
そばに寄ってきた和葉ちゃんは、私の頭をそっと撫でながら、諭すように優しく語りかける。
「恵理ちゃんは、お兄の『友達』なんだよね?恵理ちゃんのいう『友達』って、たった一度躓いたくらいで、ほんの少しすれ違ったり、喧嘩したくらいでなくなっちゃうような関係のこと?」
私は首を大きく横に振った。
目尻に溜まっていた涙が一筋、頬を伝った。
「だったら、あとはもうやるべき事をやるだけだね!上杉鷹山だよ!」
「……えっと、ごめん、誰なの?」
「えっ?知らない?歴史の授業で習わなかったかなあ。『為せばなる、為さねばならぬ何事も、ならぬは人の為さぬなりけり』って名言を残した江戸時代の貧乏藩主だよー」
その言葉は聞いたことあるような、でも、そんな長い言葉だったか。
というか、今更ながら気づいたが、和葉ちゃんの着ている制服、県内トップの公立高校の制服だ。
もしかして、和葉ちゃんめちゃくちゃ頭が良かったりするんだろうか。
「あ。恵理ちゃん今まで私のこと馬鹿だと思ってたでしょー」
「そ、そんなことは……」
「えへへ、でも恵理ちゃんなら許すー!」
そう言って和葉ちゃんは、私に抱きついて押し倒してきた。
にひひ、と笑う和葉ちゃんは、やっぱり年下の、可愛らしい後輩だった。