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友人契約  作者: マリーゴールド
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喧嘩をするのは友達ですか?(2)

 

「ほら、一ノ瀬。早く教室に戻ろ」


 二階に続く階段を天宮が駆け上がっていく。


「あっ、ちょっと待ってよ。そんな急がなくてもうぉっ!」

「きゃあ!」


 開け放した窓から、強めの秋風が吹き抜けた。

 俺は両手に持ったプリントの束が飛ばないように身体で抱え込み、階段の踊り場にいる天宮を見上げた。

 長い髪をたなびかせ、ひらひらと舞い上がるスカートを両手で抑えようとする天宮の姿。

 一瞬だったが、階段の下から見上げる形だったため、スカートの隙間から細くて生々しい脚と、下着の、白い布地が……。


「…………見た?」

「……ごめん、一瞬だけど……」

「……ッ!そ、そこは嘘でもいいから見てないとかさあ!ちょっとは言い訳しなさいよ!」

「じゃ、じゃあ見てない」

「じゃあってなによ!」


 羞恥に顔を赤く染める天宮を余所に、和樹は先程の光景を思い出す。

 なにか、記憶の奥のほうから込み上げてくる、既視感。

 前にも、こんな事があったような。

 そう、あれは、たしか冬に。駅で座り込み、肩を震わせる女の子が。


「……ねえ、天宮」

「なっ、なによ」

「前にもこんな事なかったっけ。冬の駅で、そうだ、受験の、帰り道に……」


 言葉にするほど、記憶は溢れて形を整えていく。

 自分の中で、確信に変わっていく。

 そうだ、確かにあった。

 電車の中で、スカートが裂けていて下着がちらちらと見え隠れしている女の子。教えてあげたほうがいいのか、しかし自分がそれを指摘すればセクハラで訴えられたりしないだろうかなんて、迷っているうちに彼女は電車を降りて、続いて降りた先で座り込む彼女の姿を見た瞬間、さっきまでの迷いなんてどこかに消え失せて、勝手に身体が動いてた。

 校章を、渡したんだ。ピンバッジ代わりに。


 再び、視線を天宮のほうに戻すと、天宮は驚いたように目を丸くして、やがて涙目で震え始めた。


「…………最悪だわ……」

「えっ……」

「……ッ!最悪よ、もう!なんで……なんで!廊下ですれ違っても、話しかけても、校章を渡しても思い出さなかったのに……なんで、よりにもよってパ、パンツ見て思い出しちゃうのよ!?」


 天宮は先程よりも顔を真っ赤にして、怒りを露わにしていた。

 階段の周りや廊下にいた何人かの生徒が、こちらの様子に視線を向けていた。

 やばい、内容が内容だけにあまり大声で怒鳴られると社会的に死んでしまう。

 和樹は慌てて天宮のそばに駆け寄った。


「ま、待って。確かに言う通りなんだけど。その言い方は誤解を招くというか、あの時は、あまりジロジロと見ちゃダメだって、顔もよく覚えてなくて」

「……パンツは覚えてたくせに?」

「いや、だから違うってば……」


 駄目だ、何を言っても『パンツ見て思い出した』に繋がってしまう。

 なおも怒りの収まらない様子の天宮に、和樹は頭を抱えた。

 でも、そうか。

 天宮は最初から、そのことに気づいていたんだな。

 あの日、どうして天宮が『友達になろう』なんて自分に言ってきたのか、ずっとわからなかったけれど、これで謎が解けた。

 つまり、天宮は……。


「……天宮」

「……なによ」


 和樹は、押し寄せる胸の痛みにしらを切るように、自嘲気味に笑みを浮かべ、俯く。


「……もう、いいよ。もし、天宮があの時の出来事に恩を受けて、恩を返すために一緒に行動しているのだとしたらさ、そんなのは、もういいんだ」


 天宮はきっと、俺に恩を返すために、友達になろうだなんて提案をしてきたんだ。

 禄に女っ気のない俺の高校生活を、少しでも楽しいものに変えてやろうって。

 確かに楽しかった。

 天宮の見せる表情ひとつひとつに、心揺さぶられる毎日に、胸がドキドキしていた。

 だけど……。

 それが、全部恩返しのためだとしたら。

 俺は、天宮に負い目を感じてまで側にいて欲しいだなんて、これっぽっちも思っていない。

 そんな関係は間違ってる。だから、もしそうだと言うのなら、天宮との関係は、ここで終わらせなくちゃいけないんだ。

 そう思って、ズキズキする胸の痛みに耐えながら、顔を上げると、天宮の顔から表情が消えていた。


「……は?……なによ。それ」


 まったく表情の無かった天宮の瞳に、見る見るうちに怒りの色が滲み出てくる。

 先程までの冗談っぽい怒りとは、まるで違う。

 喉の奥が乾くような、怒気。


「私が……ただ、恩があって、負い目を感じて、ただそれだけで、あんたと一緒にいたって……あんたはそう、思ってるってこと?」


 怒りに燃え上がる天宮の瞳は、溢れてきた涙で悲しみの色に浸かっていく。


「もういいって……なんで、そんな……こと……」


 涙を零す天宮に動揺していた俺は、踵を返して階段を駆け上がっていく天宮を追いかける事が出来なかった。

 その姿を見送りながら、天宮を傷つけてしまった理由を、回らない頭で考えていた。



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