夏の終わりに花火を見れば(1)
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「おかえり、一ノ瀬」
「お、おう……」
バイトを終えて帰宅してみると、天宮がくつろいでいた。正確には、一階の母の店の、接客用チェアーに座って雑誌を広げていた。うちの店はご近所のおばさま方が足繁く通うような理髪店なので、今時の若者のトップランナーみたいな天宮がその椅子に座っている姿は、どこかアンバランスに感じる。
周りに母の姿はなく、代わりに和葉が、戸棚からヘアスプレーや櫛など、いくつか物色していた。
「えっと、なにしてんの?」
「ん。和葉ちゃんが髪型作ってくれるっていうから、よろしくお願いしているのよ」
「ふぅん……どうせ頼むなら、母さんに頼めば?和葉は素人だし、なにもわざわざ実験台にならなくても」
「ちょっと。お兄は余計なこと言わなくていいから。ママはプロだからお金かかるし、お団子作るだけでカットはしないから私でも出来るっつーの」
和葉は、私がプロになったら最初のお客さんは恵理ちゃんだからね、とか言って天宮に抱きついていた。
いつのまに天宮と連絡を取り合う仲になっていたのだろう。まあ、好きにすればいいけど。
「じゃあ俺、二階あがるから。ゆっくりしていきなよ、天宮」
「あ、一ノ瀬。その紙袋持っていって。お盆におばあちゃんの家に遊びに行ってきたお土産だから」
天宮の指差す方を見ると、白地に側面がピンク色の紙袋が置いてある。中身を確認すると、包装された箱に「金萬」と書かれていた。お饅頭か何かかな。
「ありがとう、貰ってくよ」
「それと、私は一度ウチに帰るから、あとで連絡するね」
「わかった」
そう言って、和樹は二階にあがっていった。
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「あとで連絡する」とは、花火の待ち合わせの話のことだ。
今日は、約束していた神戸海上花火大会の日だ。
天宮には「友達」だから、と言ったものの、以前のような買い物の付き添いとは違う。正真正銘、デートだ。
……そうか、自分は天宮をデートに誘ったのか。やばい、今更ながら緊張してきた。なるべく、考えないようにしていたのに。
天宮がどう捉えているかはわからないが、自分としては楽しく過ごせたらいいな、と思う。それこそ、以前の買い物の付き添いの時のように。
デートと言っても、花火を見に行くだけだ。プランもなにもない。難しく考える必要はない、はずだ。
それで、天宮も楽しく過ごしてくれたなら、成功だろう。
和樹は自分の部屋に入ると、ベッドに横になった。
携帯のアラームをセットすると、眠りはすぐに訪れたので、まどろみに落ちる意識に身を委ねた。