花火デートに誘えば友達ですか?(2)
「悪いな、天宮。俺の部屋、天宮の部屋ほど広くなくてさ」
天宮が来客して早々、和葉のせいで恥をかいてしまった。
天宮は、リビングのソファーに腰を下ろして、所在なさげにしていた。
まだ少し緊張している様子だ。
「いやあ、恵理ちゃん、お兄の部屋なんて行かない方がいいって。なにされるかわかんないよ?」
「なんもしねえよ」
「だよねー。知ってた。お兄って本当どうしようもないチキン野郎だもんね」
クソ、こいつめ……。
そうして和葉と言い合う度に、天宮は可笑しそうに笑っていた。
「あはは、二人とも仲良いんだね。私、お姉ちゃんと歳が離れてるせいもあって、そんなふうに言い合いになったりしたこと一度もないよ。ちょっと羨ましいかも」
天宮は、そう言って困ったように笑う。
どうやら天宮には羨ましい光景に映ったらしいが、やってるこっちとしては、少しも愉快なことなどない。
和葉は、お菓子の袋を手に、天宮の隣に陣取ってしまった。
「えー、だったら、恵理ちゃん、私のお姉ちゃんになりなよ」
「えっ」
天宮が何故か顔を紅潮させて、嬉しそうにはにかむ。
「お兄は、天宮家にあげるからさ、交換ってことで。恵理ちゃん、うちの子におなりよ。そしたらみんなハッピーに……あ、でもお兄貰っても天宮家はご迷惑か」
「他人のこと貧乏くじみたいに言うな」
和葉に突っ込みを入れていると、天宮は「ああ、そういう……」とかなんとか言って、やや落胆したように苦笑いを浮かべていた。
「ところで、恵理ちゃんは花火どーするの?行く予定あんの?」
「花火?」
「ほら、毎年やってんじゃん。モザイクのとこで。海上花火大会。私は今年も友達と行くんだけど」
「あー、私も、去年までは友達と観に行ってたけど、今年はみんな彼氏と観に行くみたいだから、私は行かないかな」
「ふぅん、花火か……」
と、和樹が相槌を打つと、和葉から足蹴りが飛んできた。
「痛てぇし。なんだよ和葉」
「ふぅん、じゃないわよ。恵理ちゃん暇だって言ってるでしょうが。誘いなさいよ」
「はあ?!なんで、そんな……こと、お前に言われなきゃならないんだよ」
和葉は、立ち上がり、やれやれと、わざとらしく両掌を挙げて首を振った。
「だからお兄はお兄なんだよ。駄目だな、これは。私そろそろ部屋に戻るわ。恵理ちゃん、ゆっくりしていってね」
そう言って、和葉はサッサと退散した。
「なんなんだよ、あいつは……悪いな、天宮。あんな妹で」
「あはは、愉快な妹さんだね。兄妹なのに、全然似てないんだね」
「あいつは母親に似て、なんていうか、ファンキーというか、モンキーというか」
ついでに幼稚だ。
和葉が付けっ放しにしていったテレビでは、甲子園球場で白球に青春をかける同年代の男たちが、いろんなものを背負って戦い、青春を謳歌していた。
……青春、かあ。
ちらりと天宮のほうを見ると、天宮もなんとなしにテレビに注目していた。
その姿を見て、「感動した」なんて思うのは、やっぱりおかしいだろうか。
天宮が、ウチにいる。
ただそれだけのことが、こんなにムズ痒く感じさせるのだ。
和樹の胸の内に、またもチリチリと渇いた焦りのような感触が蘇る。
花火……花火かあ。誘えば、天宮は一緒に行ってくれるだろうか。
最近の天宮の様子を思い出す。ころころ変わる天宮の表情。教室でいつも気怠げにしている天宮しか知らないクラスメイトが今の天宮を見れば、きっと驚くだろう。少なくとも自分は、天宮にとって気兼ねなく接する事の出来る『異性の友達』を振る舞えているんじゃないかと、思う。
「ねえ、天宮」
「うん?」
「さっき言ってた花火、一緒に行かないか?」
「なんで?」
「えっ……なっ、なんで?えーと」
なんで……?なぜお前なんかと一緒に花火を見に行かなくてはならないのか、ということ?あれ?嫌がってる?
いや、天宮ならその気がない場合、はっきりと断るはずだ。
じゃあなんだ、理由?なぜ花火が見たいのか、とかまさかそんな哲学的な質問じゃないだろう。
どうして一緒に花火が見たいのか。
そんなの、答えは決まっている。
だけど、それを言ってしまったら、天宮とは友達ですらいられなくなってしまう。
「……ええーと、『友達』だから?」
誤魔化すように、ようやく言葉を絞り出した和樹を、天宮はジッと見つめていた。
「……そっか。そうだよね。『友達』だもんね。うん、いいよ。行こう」
和樹は、人生で初めて異性をデートに誘うという、偉業を成し遂げ、了承まで頂いたものの、天宮はひどく落胆したような様子だった。