花火デートに誘えば友達ですか?(1)
金曜日。
来週からお盆休みに入る為、夏期講習も本日で終了となる。
英語教師が過去分詞形の能動か受容か、みたいな話をぼんやりと聞いていた恵理だったが、正直、内心はそれどころではない。
こっちは現在進行形で、とある問題に直面している。
月曜に、お見舞いに来た一ノ瀬に対し、食ってかかった恵理だったが、話の流れで今日この後、一ノ瀬のお宅に訪問することになってしまった。
前に駅で見かけた金髪美女が、一ノ瀬の妹であることを証明するために会わせてもらえる、という話だが、実家が理容店ということは、一ノ瀬のお母さんなんかも当然いるのかな。
どうしよう、菓子折りとか持って行った方がいいのかしら。
以前、一ノ瀬がウチに来た時には、簡単な菓子折りを持ってきていたが、あれは傘を貸したお礼も兼ねていたらしいので、今回とは、また少し場合が違う。
一ノ瀬のご家族には、出来れば好印象を与えておきたい。
菓子折り持って行かなくて、礼儀のない子だと思われるのも困るが、持って行って変わった子だと思われても困る。
こんなことなら、前日のうちにクッキーでも焼いて、作り過ぎたからどうぞ、的な感じで渡す準備をしておくべきだったと、今更ながら気づいてしまったことが悔やまれる。
チャイムの音に我に返ると、授業が終わって周りの生徒らは、もう帰り支度を始めていた。
花菜が、一緒に帰ろーと、いまだ悩ましい表情のまま固まる恵理に声をかけ、近寄ってくる。
「恵理ちゃんどうしたの?今の授業、そんなに難しかった?」
「あはは、いや、うん。なんでもないの……」
恵理は誤魔化してみたが、花菜は不思議そうな顔して、小首を傾げていた。
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自宅に帰り、昼食後、着替えて身支度を整えた恵理は、一ノ瀬に「これから向かいます」と一言メッセージを送った。
シンプルな白の半袖ブラウスに、カーキ色のワイドパンツと、サンダルにしようと思ったけど、自宅にお邪魔して部屋にあがるなら、素足じゃない方がいいのか、靴下履いてスニーカーにするか、しばらく迷ったが、結局、夏らしく素足にサンダルを履いて行くことにした。
一ノ瀬に送ってもらった、理容店のホームページの地図を頼りに、恵理の家から徒歩10分ほどの場所に、一ノ瀬の家はあった。
着いてみると、一ノ瀬はすでにお店の前に立って待っていてくれた。
「こっち、裏に入口があるから」
と言って、一ノ瀬は建物の裏側に回る。
「お邪魔しまーす」
と、恵理は控えめに言ってみたが、一階は、玄関と奥の店に続く廊下があるだけで、すぐに二階に上がる階段が構えていた。
二階に上がっていく一ノ瀬を追って、階段を上る。
扉の先は、広めのリビングになっていた。
「和葉、天宮来たから、そこ座るぞ」
和葉、と呼ばれた女性は、寝転がって煎餅を齧りながらテレビを観ていた。
どうやら妹さんのようで、確かに、あの日駅で見かけた、並んで歩いていた金髪美女だった。
「あー、はいはい。お邪魔虫は部屋に退散しますよっと。お兄の友……」
と言って妹さんは、立ち上がろうとした姿勢のままぎょっとした表情で固まってしまった。
「あ、あの、こんにちはー……一ノ瀬くんの、友人の天宮恵理……です……」
恵理は、にこりと笑って会釈してみせたが、妹さんは、こちらを凝視したまま動かない。
困っていると、一ノ瀬が腕組みをして溜息を漏らした。
「おい、和葉。挨拶くらい、ちゃんとしろって」
聞こえているのかいないのか、妹さんは、そう言われてようやく一ノ瀬の顔と私の顔を見比べて、何度も視線を往復させた。
「えっ……うそ……その人……なんで……?」
「だから、言ってるだろ。天宮だよ。前に、一緒に買い物しに出かけたって話しただろ」
「え、えええっ!?だって、お兄、えっ、めっちゃ美人なんだけど?!」
妹さんは、勢い余ってテーブルに膝をぶつけながら詰め寄ってきた。
「え、あの、天宮さん?ウチの兄貴を騙しても、お金なんて持ってないですよ、こいつ」
「おい、和葉、失礼だぞ。俺にも天宮にも」
「いや、だって、お兄、鏡見たことある?二人並んでる姿、まるで美女と野獣……野獣って感じでもないか……美女と沢庵だよ。お漬け物と手を繋いで歩いてる美女なんて、前代未聞だよ」
「別に……手は繋いでないだろ。ていうか、誰が沢庵だ。俺が沢庵なら妹のお前は柴漬けか」
「や、どっちかというと私のほうが沢庵だよ、ほら」
と言って、妹さんは長い金髪を一房つかんでみせた。
そんなやり取りが可笑しくて、恵理はクスクスと、つい笑ってしまった。




