宣言すれば友達ですか?(3)
美術室は特別教室棟一階に存在している。
普段、自分たちが授業を受けているのが一般教室棟で、特別教室棟は上から見ればTの字の形で一般教室棟に垂線を引いて建っている。特別教室棟は音楽室、化学実験室、美術室のほか多目的ホールや和室なども存在するが、文化部に所属しない人間には馴染みの薄い場所だった。
まばらに帰路につく生徒らを避けつつ、廊下の角を曲がって特別教室棟に入る。階段をひとつ降りれば美術室だ。普段なら美術部が活動を行っているはずだが――
ひとつ息を吐いてから、扉をがらりと開けて室内へ入った。
「――天宮、さん?」
「…………」
茶色い頭がこちらを向く。そこにいたのはクラスメイトの天宮恵理だった。
ふわふわした巻き髪、ばっちり化粧をしていて隙のない小さな顔、短いスカート、はだけたシャツからは鎖骨が覗き、目のやり場に困る。少しつり上がっていてきつい印象を与える、睫毛の多い切れ長の瞳が、こちらを忌々しくにらみつけ、しかしすぐに目をそらす。自分を呼んだのは、彼女なんだろうか。
「……天宮」
「え?」
「私も、一ノ瀬って呼ぶから。天宮でいい」
天宮恵理は、ぶっきらぼうにそう言って、また視線をそらす。まったく話が見えない。他に人の気配もなく、どうやら呼び出した相手は彼女で間違いなかったようだが、まさかそんなことを伝える為に呼び出したんだろうか。ちなみに、天宮は出席番号1番で和樹は2番だ。彼女は教室で毎日、自分の目の前に座って授業を受けている。少し話をする程度なら、教室で充分だったと思うのだけど。
「一ノ瀬」
名前を呼ばれ、彼女のほうへ向き直る。
天宮は、ついに意を決したように言い放った。
「あんた、私と友達になりなさいよ」
「…………」
――つい、絶句してしまった。
え、なんで友達?なんで自分が?とか、その言い草は、人に物を頼む態度としてどうなの、とか。今、自分の頭の上には?マークが3つか4つほど踊っているだろう。とりあえず、このまま黙っているわけにもいかず、和樹は、やっとの思いで声を絞り出す。
「え……っと、なんで?」
様々な疑問が「なんで?」の一言に集約された為に出た発言だったが、かえって意味の曖昧な言葉になってしまった。どうして自分が、という意味で言ったつもりだったのだが、天宮は、なぜ友達になろうと思ったのかという意味で受け止めたようだった。
「うん、ほら。私ってさ、可愛いじゃん」
「は?」
「あぁ?」
「いえ、ごめんなさい――」凄まれて、つい謝ってしまったけれど、今のは自分は悪くないと思う。
じっと睨みつけてくる天宮に対し、和樹は、視線をそらしたまま両手の平を、構わず続きをどうぞ、といった具合に差し出す。
「……まあ、一ノ瀬がどう思ってるかは知らないけど、私ってそこそこモテるのよ」
「そこそこモテる」のは知っていた。その手の噂に疎い和樹でも、天宮恵理に告白して撃沈した、という男子を両手の指の数ほど知っている。実際は、それ以上の数が撃墜されてきたのだろう。南無三。
「それでさ、私に言い寄ってくる男子たちって、どいつもこいつも下心がみえみえっていうか、バレバレっていうか、隠そうともしない奴もいて。そういう奴とは、やっぱ『友達』にはなれないじゃん?」
そう言って、天宮は目を伏せた。
「だから、私これまで『異性の友達』って一人もいなかったのよ。それで、だから、あんたに『友達』になってほしいなって…………ダメかな?」
天宮は、先ほどまでのきつい印象はどこへいったのか、やけに弱々しい瞳でこちらを見つめてくる。
「いや、ダメってことはないけどさ――」