お見舞いに行けば友達ですか?(2)
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天宮の家のインターホンを鳴らすと、まもなく天宮のお母さんが扉から現れた。
講習で配布されたプリント類のコピーを渡すついでに、天宮のお見舞いに来た旨を告げると、折角だからあがっていってと、家にあげられてしまった。
天宮のお母さんは、おっとりしてて頼りないように見えるが、発言に、わりと有無を言わさないところがあって、押し切られると断りづらい雰囲気がある。
意外と意志が強くて、頑固な面があるのかもしれない。
リビングに通されるのかと思っていたら、恵理ちゃんの部屋は二階だからどうぞ、と部屋に入るよう促された。
……勝手に入っていいんだろうか。
和樹は、扉をノックして、「おーい、天宮」と声をかけてみたが、返事がない。
おそるおそる扉を開けて、中に入ってみると、天宮はベッドで寝かされていた。
スヤスヤと眠っており、呼吸のたびに胸元が浅く上下する。
おでこには、水色の冷えピタが貼られていた。
しばらく眺めていたが、起きる気配がない。
ガチャリと扉の開く音がして、天宮のお母さんがお茶とお菓子を持ってきてくれた。
「恵理ちゃん、熱は下がったんだけど、疲れて眠ってしまってて。ごめんなさいね。でも恵理ちゃん寝顔も可愛いでしょ?」
と、おどけた感じで天宮のお母さんは茶化す。
「はあ。まあ、天宮は美人だから、何してても、いつもの仏頂面でも、充分可愛いですよ」
と冗談っぽく返すと、あらあらと微笑んで、天宮のお母さんは部屋から出て行った。
あまり長居しても迷惑だろう、プリントだけ置いてお暇しようと思い、再び天宮の寝顔を見ると、その瞼が開かれた。
「……一ノ瀬、来てたんだ」
「ああ、おはよ。もしかして、起こしちゃた?」
「ううん……お母さんと話してる声が聞こえて」
そう言う天宮の顔は赤く染まっていた。
天宮のお母さんは、熱は下がったと言っていたが、まだ熱っぽいように見える。
「風邪、平気?俺プリント届けに来ただけだから、そろそろ帰るよ」
「あ、ちょっと……待ってほしいんだけど。私、一ノ瀬に聞きたいことあって……」
「うん?」
そう言って、天宮はしどろもどろしている。
なにか、聞きにくいことでも聞こうとしているようだ。
「天宮?」と促してやると、天宮は布団に顔半分を隠して聞いてきた。
「私、昨日、駅で一ノ瀬のこと見かけたんだけど……あの、一緒に歩いてた金髪の子……誰なのよ」
「金髪……ああ、それ、妹だよ」
言われて、和樹は思い出す。
昨日は、妹の買い物に荷物持ちとして付き合った。
天宮はきっと、その帰り道で自分たちのことを見かけたのだろう。
気づいたなら、声かけてくれればよかったのに。
しかし、天宮はなぜか納得いかないような様子で、目をジトッとさせてにらんでくる。
「嘘だ……だって、どう見ても年上だったし。どっちかっていうとお姉さんだし。一ノ瀬にお姉さんは居ないし」
天宮は布団をガバッと剥いで身を起こし、尚も反撃の姿勢を見せる。
「あんた、誤魔化してんじゃないでしょうね!そういえば、花菜と中学一緒だったことも隠してたし、なんか、後ろめたいことでもあって誤魔化そうとしてるんじゃあ……!」
天宮は興奮した様子で詰め寄ってきたが、和樹は、つとめて冷静に対応する。
「いや、うちの妹いっこ下だし、背も女子にしては大きくて……俺と変わらないくらいだから。松永さんと同じ中学だったのも、聞かれなかったから言ってなかっただけで、別に隠そうとしてたわけじゃないよ」
一ノ瀬は、冷えピタの貼られた天宮のおでこをぺちんと叩いた。
「大体、俺と松永さんの間になにかあるわけないだろ?あの人、中学の時から男子にもてはやされてたんだから。俺なんて遠巻きに見てるくらいだよ」
一ノ瀬は、天宮の両肩を押して、再び、布団に寝かしつけた。
「馬鹿なこと言ってないで、あんまり興奮すると風邪ぶり返すぞ」
「だ、誰が馬鹿よ!」
「お前だよ、天宮、知ってるか?夏風邪は馬鹿が引くんだぞ」
「知ってるわよ、馬鹿!」
ぐぬぬ、という感じに天宮の興奮はいまだ醒めやまぬものらしい。
一ノ瀬は、ふう、と一息ついて、仕方なく立ち上がりながら言った。
「そんなに疑うなら、今度ウチに遊びに来ればいいよ。妹に会わせてやるから」
「えっ、いいの?」
「いいよ。家の場所わかる?川の向こうの、警察署の近くにある理髪店なんだけど」
言って、和樹はホームページを開く。
そこには、自分の母親が自宅を背景にピースサインをした写真がデカデカと貼られている。もう慣れたけど、他人に見せるのはやっぱり恥ずかしい。
「これ。後でLINEで送るよ。まあ、近くまで来たら連絡くれればいいし。金曜日なら、バイト休みだから、夏期講習終わってから来なよ」
そう言って、和樹は天宮とお別れして、天宮宅を後にした。