宣言すれば友達ですか?(1)
ふと、教室の窓のほうに目をやる。
開け放した窓の向こうには、どんよりとした薄灰色の空が広がっており、潮の香りと共に送られてくるジトジトとした湿気を孕む空気は、春の終わりを告げていた。
予報によると、週末には本格的に梅雨入りをするそうだ。
一ノ瀬和樹の通う向洋高校は、都心にほど近い沿岸部に建っている。
『都会の海に臨む校舎』なんて言えば、なんとなくお洒落な雰囲気をイメージしがちだが、夏は湿気に蒸し暑く、冬は海風に冷たく晒され、一年を通して吹き続ける潮風は、髪のトリートメントを容赦なく傷つけるとかで女子には不人気だ。
道路ひとつ挟んだ街路樹の向こう側には海浜公園があり、この春に付き合い始めたカップルのデートスポットにもなっていたりするが、あいにく和樹にそのような機会はなく、今後もその場所に足を運ぶ予定はなさそうだ。
クラスメイトは大きく分けて二種類に分類される。すなわち、『リア充グループ』と『非リア充グループ』だ。
前者は、男であればいわゆるイケメンだったり、メジャーな運動部に所属するものやレギュラーで活躍するものたちで構成されたりするが、まあ、大抵は顔の良し悪しで決まる。
一年次より、どの部活動にも所属せず、いまいちパッとしない顔立ちに、黒縁の眼鏡が決定打となったのか、和樹は気がつけば『オタク』のレッテルを貼られていた。実際には、なにかひとつの分野に特に熱中している、といった事は無いのだが、そんな情報は彼ら彼女らにとって重要ではなく、結局のところ、見た目がオタクっぽい奴はオタクだし、オタクとつるんでいる奴は、やっぱりオタクなのだ。
六限目の終わりを告げるチャイムと共に、教員は板書の手を止めた。
起立、礼。
残すはHRのみであり、ガヤガヤと周りの生徒たちが帰り支度を始める。
今日も、なにひとつ代わり映えのしない一日が過ぎようとしていた。
一年ほど前、入学したての頃は、自分とて新しい生活に少なからず心躍らせたりもした。しかし、そんな淡い期待は一か月も経たないうちに、春の陽気とともに無散した。
それは学年が二年に上がっても同じだった。
毎日が変わらないのは、変えようとしなかったからだということは重々承知しているが、自分のような日陰者が悪あがきをしたところで、結果は知れているし、精々『キョロ充』なんて揶揄されて惨めな思いをするのが関の山だ。
自分は、そうまでして『リア充グループ』にしがみつこうという気概も、行動力も持ち合わせてはいなかった。
分相応。人にはそれぞれ、身の丈に合った生活スタイルがあるのだ。
平凡を絵に描いたような自分の両親でさえ、恋愛して、結婚して、家庭を築いている。
自分も、今でなくてもいずれは、そういう機会が巡ってくるかもしれない。無理にあがこうとせずとも、流れに身を任せていれば、人生なるようになるだろう。
和樹は、そう思っていた。
今日、この日までは。