相合い傘をすれば友達ですか?(3)
電車が駅に着く頃には、疎らに雨が降り始めていた。
改札口を抜けて駅を出る。
この程度の雨なら、濡れて帰っても平気かもしれない。コンビニでビニール傘を買うかどうか、悩みどころだ。さて、どうしたものかと迷っていたら、天宮が広げた折り畳み傘を翻して、こちらを向いた。
「どーしたの?行かないの?」
「あ、いや、傘忘れてさ。どうしようかと思って」
天宮は、一度、空を見上げてまた向き直った。
「んー、私の傘、貸そうか?」
「え?」
「私、ウチすぐそこだから、あんまり濡れずに済むと思うし。一ノ瀬は警察署の近くって言ってたよね?ここから結構、歩くじゃん」
「いや、それは……」
あまり濡れない、と言っても小雨程度には降っているし、すぐそこ、がどの程度の距離なのかも計り知れない。なにより、男の自分が傘を借りて女の子に濡れて帰らせるのは、さすがに駄目だと自分でもわかる。
500円の出費は痛いが、天宮に気を遣わせるのも忍びない。仕方ないが、ここは大人しくビニール傘を買って帰るか、と思ったら天宮が続けて提案した。
「んじゃ、ウチまで一緒について来てもらって、その後、一ノ瀬にこの傘貸してあげる。それなら私も濡れないし、一ノ瀬も困らないよね?」
私って冴えてるわー、とでも言うかのように、天宮がにこりと笑う。
いや、待って欲しい。それは俗に言う、相合い傘というやつではないか。
『相合い傘』という単語が頭に浮かんで、顔面に血が集まってくるのがわかる。こんなことでいちいち赤面してる自分は中学生のようだと思うが、恥ずかしいものは恥ずかしいのだから仕方ない。
「や!あの、でもそれは、恥ずかしくない?」
自分みたいなのと歩いてるところを誰かに見られでもしたら、きっと恥をかかせてしまうに違いない。
そう思って断ろうとしたのだが、天宮は少し苛立ったふうに言う。
「あのねぇ。ウチすぐそこだって言ってるでしょ?どうせ誰も見てなんていないわよ。私と一緒に歩くのが、そんなに嫌なわけ?濡れて帰るよりマシでしょ。ちょっとくらい我慢したら?」
そう言われると、断ることも出来ない。
高圧的に上から物を言われると、つい謝りたくなってしまう自分が情けない。しかし、天宮も親切心から言ってくれているのはわかったので、提案を飲むことにした。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
天宮に並んで歩く。
「あ、傘持ってくんない?」と言われ自分は言われるがままに従った。
ウチ、どの辺なの?なんて、適当に会話をするが心の内はそれどころではなかった。
近い。近いってば。天宮と肩が触れる。整髪料の良い匂いが漂ってくる。そういえば自分は汗臭くないか。脂汗か冷や汗かなんだかわからないが、身体が火照ってしまって汗をかいている気がする。少し距離を取ろうと離れると、それじゃ濡れるでしょ、もっと近づきなさい、と怒られた。
すぐそこに艶やかなうなじが見える。いつものようにスマホに目を落とすことも出来ないので、目のやり場に困る。
いけない。変に意識しちゃ駄目だ。天宮と自分はあくまで友達なのだ。信用を失うようなことは絶対に出来ない。こういう時は、そうだ、亮太が言ってた。こういう時は素数を数えるといいらしい。亮太はアニメや漫画をよく読んでるから知識だけは豊富だ。ナイスだ亮太。ところで、1って素数だっけ?
「あ、ウチそこだから」
天宮が指差す方を見る。
この辺りにはよくある、二階建ての一軒家だ。表札に天宮と書いてある。どうやら、どぎまぎしている間に着いてしまったらしい。
「それじゃ、傘、返すのいつでもいいから」
「あ、うん。ありがとう。借りるね」
そう言い残し、天宮は家の中に消えた。
なんだか、どっと疲れた。
天宮は自分のことなど毛ほども気にしていないのだろうが、年齢=彼女いない歴の自分にとって、あいつの言動は、いちいちドキドキさせられて心臓に悪い。
「……帰るか」
気がつけば、雨はほとんど止みそうになっていた。
真っ赤な折り畳み傘は、自分には全く似合ってなかった。