ハローワークに行きますか?
帰省2日目
「暇ならタケシを散歩させてやって。」
母の一声で一日が始まった。
夏の間は夜に散歩をするようにしてるらしいが、今日は雲と風が出ていて比較的涼しい。
夕方から雨が降るとかなんとか言っていた気もする。
散歩コースは教わらなかったので、とりあえずタケシが進む方へついていく。
タケシはと言えば、母秘蔵の高級ジャーキーを与えてやったらあっさり買収されてくれた。
俺に歯を剥き出しにしていた犬とは思えないほど大人しい。
番犬には一番向かないタイプだな。
住宅地を抜け線路をくぐり小川を越えて、車通りの少ない道を只ひたすら歩く。
途中のコンビニで水を買い、タケシにも分けてやった。
平日の午前中と言う時間帯に顔見知りに会ったら気まずいと思っていたが、特に誰かに遭遇することも無く散歩は順調に終わった。
居間に入ると、父の姿はなく母がハンドバッグの中身を確認していた。
「ただいま。父さんは?」
「仕事に決まってるでしょ。」
うーん。耳が痛い。
そう言えば、まだ定年前だった気がする。
「どこか行くの?」
「母さんもパートあるから出るわ。」
おっと、今度は胃痛がしてきたぞ。
「夕方には帰るけど、出かけるなら戸締り宜しく。」
母はピシャリと玄関を閉めて出て行った。
さて、なにをしようか。
-----回想-----
田中圭介(32)なにを隠そう無職である。
東京下町のボロアパートに住みながら徒歩で職場に通っていた。
ある日、俺がいつも通りに出社すると課長がビルの前で青ざめていた。
いわく社長が会社の金を持って蒸発したらしい。
社長は誰に吹聴されたのか2年前から急に『これからは、プライベートブランドで儲けるんだ!』と意気込んでから失敗の連続。
挙句の果てに得意先の技術をパクって裁判沙汰になりかけたりと問題が連発。
前社長が作り上げ、細々と成り立っていた零細企業のわが社はいつの間にか火の車だった。
給与だけは支払われていたので倒産まではまだ猶予はあると思っていたが、取引先の督促にビビッた社長は一人で逃げ出したらしい。
「田中くん、そういうわけだから。早めにハローワークへ行きなさい。」
俺は職を失ったショックから無気力状態になりなにも手につかなかった。
社畜が唐突に“社”を失って残る物はなにもない。
曖昧模糊とした日々を少ない蓄えで過ごしていた。
が、悪い事は続くもの。
買出しに出掛けた先でチンピラに絡まれ病院送り。
数日意識が戻らなかった事で母が駆けつける事態になった。
意識が戻った時の第一声は
「今時チンピラっているんだな。」
自分でも目を覆いたくなる程の不運さだが、実際に起こった事なのだから仕方ない。
結局、母に洗いざらい知られてしまい実家リターンと相成りました。
-----回想終わり-----
一先ず、コンビニで入手した求人情報誌を取り出す。
もちろんテイクフリー。今は無料に勝るものなし。
正直、今後の見通しは立てていないが、給与や職種など求人傾向だけでも確認しておく事にした。
『早めにハローワークへ行きなさい。』
課長の言葉がよぎる。
ハローワークへ行ってしまったら“無職”である事を嫌がおうにも受け入れなければならない。
それは成長していない32歳のちっぽけなプライドが許さなかった。