実家に帰ります。
「32歳。こんなんで大丈夫か?」な日常短編集。
夏、埼玉県某所。
俺こと田中圭介は、実家の門前で犬に吠えられてます。
そこ俺の実家なんだけど。
っていうか、犬なんていつの間に飼い始めたんだ……。
門を開こうものなら噛みつかんとする勢いで吠え続ける犬。
うだるような暑さにセミの声も相まって気が遠くなりそうだ。
ミーンミンミンミン、ミーンミンミン
「ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!」
ミーンミンミンミン、ミーンミンミン
そろそろ近所迷惑になると思った頃、凄まじい勢いで玄関の戸が開き母フミエ(55)が現れた。
「タケシ、はうす!」
あの犬はタケシと言うらしい。
タケシは母の登場と共に大人しくなり、玄関横に置かれた犬小屋へすごすごと入っていく。
「圭介も、さっさと入んさい!」
「あ、あぁ。」
リュックサックにショルダーバッグ、紙袋に段ボール。
俺の最低限の生活用品が詰め込まれた荷物を玄関へ運び入れる。
最後のバッグを運んだ時、背後からタケシの唸り声が聞こえたが気にせずさっさと戸を閉める。
君子危うきに近寄らずとはこの事だ。
「おとーさん!圭介が帰りましたよ!」
台所へ向かう母を横目に居間へ入る。
そこに、父がいた。
久々に会う父は、座椅子に腰掛け教本を片手に一人将棋を打っていた。
年はとったが厳格な父のイメージは相変わらずで、俺の事なんて目に入ってないようだ。
母が歩くパタパタと言う足音とセミの声だけが聞こえる。
併せて実家特有のかび臭くどこか懐かしい香りが心に刺さり、居たたまれない空気が流れた。
「ちょっと、圭介こっち手伝って!」
絶妙なタイミングでかかった声に救われ台所へ向かう。
台所では母が大鍋で素麺を茹でていた。
母よ、いったい何人前茹でてるんだ。
茹でてしまったのもはしょうがないので、腹をくくりながら麺つゆや箸など必要なものを運ぶ。
数分後にはエアコンの効いた居間で、親子水入らずの昼食が開始された。
ずるずる ちゅるちゅる と麺を啜る音が響く。
素麺は一向に減らない。
「アンタ、お父さんに『ただいま』言ったの?」
「……ただいま」
「ん」
「しばらく厄介になるから」
「ん」
それは10年振りの父子の会話だった。
30を過ぎてまで母の声がないと会話ができないとは、全く成長していない情けない気持ちになった。
大量の素麺を平らげた後は、夜まであっという間だった。
昔使っていた自室で荷解きをし、大量に用意された唐揚げを頑張って平らげ、ひと風呂浴びて気がつけば布団の中。
一瞬、本棚に残っていた懐かしいコミックに手が伸びそうになったが、布団に入ると睡魔が襲いあっけなく眠ってしまった。
ここ数週間の眠れなかった日々が嘘のようだった。