第6話:能力開花
「氷雨サン!今日はよろしくお願いしいます!!」
先日の叶恋さんの助言通りに氷雨サンと陽炎サンに訓練を手伝ってもらう。
「んじゃ僕見てるから、やってみてね~。」
落ち着いて、まず俺だけ、陽炎サンに見えないように、意識の外に…。
いつものように念じてやれば他愛もなく陽炎サンは俺を見失う。
「おお、消えた消えた。
問題はこっからか。」
少し離れた位置にいる氷雨サンを見る。
「(…消えろ…消えろ…)」
そう念じるも氷雨サンはそこで動かない。
その赤い目に俺自身ですら消えてないんじゃないかと不安になる。
「姿は消えている。思考は駄々洩れだ。」
そうだ、赤い目の氷雨サンは能力を使っているときの氷雨サンか。
「消すではなく、認識から外す、と叶恋に言われたんじゃないのか?」
そうだ、確かにそう、言われた。
…誰もかれもなんでもオミトオシってわけかよ…。
視線を陽炎サンの方に向ければ「なるほど…」と何かを納得している様子だった。
まずは意識を意識して、そこの外へ…。
その瞬間感じた感覚はなんだか不思議なものだった。
なにかが、流れ込むような…。
それを何とか自己分析しようと試みるも…
「おお!2人ともいなくなってしまったよ!」
陽炎サンの叫びにその感覚は手放してしまった。
そして、手放したのはその感覚だけではなかった。
「でき…た…?」
俺の意識は、黒に沈んだ。
印象に残っているのは赤色。
赤色に金色が沈んでいる。
もう一つの金色は俺を睨みつけている。
場所が変わった。
赤色の隣で金色が笑っている。
それを見ると、なんだか胸が苦しくなって、壊してしまいたくなる。
目を閉じる。
藤色が醜く笑っている。
その手を取った。
赤色に、金色は沈んでいる。
赤色は泣いている。
赤色に桔梗が咲く。
手を伸ばしても、桔梗に手は届かない。
気が付くと見慣れない天井だった。
ベッドは柔らかくて寝心地がいい。
「倒れたのか、俺…。」
かっこわる、と呟く。
それにしても最近本当に変な夢を見る。
やっぱり正直ぼんやりして、あまり覚えてはいないのだけど。
どれもこれも、あまりいい感情は、わかない。
「気が付いたようだな。」
不意に氷雨サンが声をかける。
この人なら、わかるのかもしれない。
確信に近かった。
「おまえの能力の一部だろ。
本来の用途に気づくまでは手だし無用と言われている。」
言われている。
本当に、どこまで知っているんだろうか、あの人は。
「とりあえず今は次の課題だ。
能力の持久力を上げることだな、今のままじゃ使い物にならん。」
鬼だ、この人。言葉が正直、刺さる。
「…今回のことは余計なことに気を回したせいだ。
あの感覚は今は考えるな。余裕ができた時、知ればいい。」
「…氷雨サンには、見てて何かわかることがあったんすか?」
あの感覚のことを知っていた。
この人の透視はいったいどこまで見えているのだろうか。
「おまえの能力の出どころに1つだけ心当たりがあるだけだ。
叶恋が言う気でないなら俺も、言わない。」
いずれわかる、とそれだけ言い残して氷雨サンは去っていった。
能力の出どころ。
父親は、知らない。
母親もおぼろげだ。
記憶の片隅に追いやられた母親は、いつも笑顔だった、と思う。
髪は長く結い上げられていた。
俺の髪の色は母親譲りなんだと思う。
似たような、茶色だったと思う。
思う、そればかりの頼りない記憶だ。
いついなくなったのかも霞んで思い出せない。
…思い出せない?
ふと振り返ると母親との別れがさっぱり思い出せない。
今までなぜ不審に思わなかったのだろうか?
身内がいなくなるなんて簡単に片づけられる問題じゃない。
なぜだ、俺はいったい…
今まで、何をしていた?
考えれば考えるほどわからなくなる。
なんだか急に眠たくなる。
そんなこと、考える必要ないと言わんばかりに。
普通であろうとした。
普通でなければならないと感じていた。
なにが俺をそんな気にさせるのかなんてわからないまま。
"非日常"は常に俺に付きまとっていた。
"日常"はいつもどこかへ消えていった。
気づくと知らない場所だった。
足元には巨大な円が描かれている。
描かれているのではない、巨大な一枚の石板なんだ。
そこで5人が大きな円をなぞるように立っていた。
その5人は普通の人間とそうでない者、どちらもいる。
少し長めの金髪に赤い目をした小柄な少年。
顔の左側には額から頬にかけてツタのような模様がある。
銀の髪を長く伸ばし瞳を閉ざした細身の男性。
じっと観察しているとなにかに気づいたのかあたりを見回しだす。
…要注意だ。
深紅の長髪に黄金の双眸、漆黒の羽を持った長身の男性。
なんとなく、叶恋さんに聞いた"夢界の主"を連想する。
橙色の髪に深海のような眼を持った少女。
その下半身は人のモノではなく所謂、人魚という奴だろうか。
…って人魚!?と二度見してしまったのも仕方がないと思う。
そして最後の人物に驚いた。
「…母さん…?」
茶髪は前と横の髪だけ残し結い上げられている。
真っ白布地に白い鳥が一羽飛んでいる着物を着てそこに立っていた。
顔なんてはっきり覚えていないはずなのに、自身の母親だとなぜか確信している。
それを認識すると突如景色が変わる。
…いや、場所は恐らく変わっていない。
先ほどの場所なのだろうが長らく人が踏み入ってなかったかのように荒れていた。
そこには四人の人がいた。
今度は、見た目は間違いなく全員人だった。
顔の半分をその長い髪で覆った赤い目の少年。
後ろの方は結い上げていてなんだか不思議な模様のようなメッシュが入っている。
灰色の髪と目を持った隻眼の青年。
長い髪は何かの文字のようなものがかかれた包帯みたいなもので縛り上げている。
薄い赤色をショートボブにした女性。
その目は鋭く色は黄みがかった感じだ。
そして淡い橙の髪の小柄な少女。
なにかにおびえているかのように縮こまっている。
全員共通していることは着物を着ていることと、
何やら天井の方に向かって何かを叫んでいる様子だった。
ここで初めて自分も天井を見上げる。
見上げて気づいた。
そこあったのは天井ではなかった。
大きな穴がぽっかりと開いていていくつか階層があるのが見える。
ひとつ上の階層に人が…男が一人立っている。
その奥には部下のような様子で後ろに控えている男たちがいた。
その人たちに向かって何かを叫んでいるようだった。
なんて言っているのかは、わからない。
でも次の瞬間。
黒い靄のようなものが部屋の中心部から広がる。
4人ははっとしたようにその靄の周りを囲む。
それでもすぐに靄に纏わりつかれ、崩れていく。
ひとり、またひとりと膝をつき、靄に纏わりつかれる。
その瞬間はじめて言葉が聞こえた。
「ちっ…失敗か。」
その言葉にばっと上を見上げる。
上の階に居た男たちの姿はもうなかった。