第5話:襲撃
薄暗い場所だった。
そこには近づいてくる人影があった。
真っ黒の外套を着ている金髪の男、だと思う。
視界が揺らいで顔までは判別できない。
視界が揺らぐ…?
なぜ…?
そこでようやく自分がどういう状況か気づいた。
水の中に…いや、水槽の中にいる…?
両の手を見ると何やら管がつながっていて。
いきなり不安に駆られ心拍数が上がる。
手を伸ばしても透明な壁が邪魔をする。
なんで、こんなところに……
また、不思議な夢を見た。
正直前回がどんな夢だったかなんて覚えていないけど。
同じ場所だった、そんな確信がある。
まぁ、すでにそんな今日の夢でさえ微睡と共に消えていっているのだが。
そんな夢よりももっと考えるべきことがある。
"在り方"を考え始めてから数日。
色々考えるもいい案は出ない。
他人まで透明化を適用できるなら考える余地はあるのだが。
できる…だろうか?
いまいち確信が持てず保留となっている状態である。
いつものように話して、お茶会して、話して…って
「のんびりしすぎじゃないっすか!?」
そんな事実に今更気づいた。
「だって依頼が来ない限りは、ねぇ。」
のほほんと小春が言う。
そんなまったりとした時間だった。
どかぁぁあん!!と
いつぞや聞いた爆発なんか比にならないくらいの大きな爆発音が聞こえた。
「陽炎サン今度は何を…」
したんだろうななんて冗談を言おうとしたら小春の表情が固いことに気づく。
なんだか、こう、ピリピリとした感じ。
彼女は音の発生源へと走り出す。
その後を追いかける。
ホールの横壁に大きな穴ができていることに気づいた。
まったく見たことのない女性が立っている。
灰色の髪を短く切りそろえた女性が陽炎サンと叶恋さんと対峙している。
明らかに、異常な事態だった。
「あの人のため、あの子を探すため、あの人の憎きモノ、壊します。」
そう言った女性は火器を持っているようで。
陽炎サンに向かって火炎瓶を投げつける。
「陽炎サン!!!」
「だ~いじょうぶ。」
そう言って彼は一歩跳び下がって火炎瓶を消し去る。
女性の方はこちらに意識が向いたようだ。
一瞬驚いたような表情をする。
それは誰を見ての反応かわからなかった。
口元の動きを見ていなければ。
間違いなく彼女の口は動いていた。
俺には音として届かなかったけれど。
そんな一瞬の隙を見て叶恋さんが仕掛ける。
「よそ見とは余裕じゃないの、ノックもなしに不躾に入ってきて何のつもりかしら?」
といくつもの鉄球のようなものを女性の上空に出現させる。
はっとしたのかその女性はあと少しで衝突するその瞬間に両腕を掲げる。
すると鉄球は全てその場で止まった。
落下することはもちろん、ぴたりと動かなくなった。
「あぁ、そういう事。」
と呟いて叶恋さんは女性の背後に回り
「ぐはっ…」
その背に両腕で打撃を加えた。
その動きはとてもじゃないけど見切れるようなものではなく女性は咳き込んでこちらを睨み、その場から消えた。
「何だったんすか?今の人…。」
と疑問を吐き出してしまえば答えは返ってくるもので。
「動き出したってことでしょ。逃げ帰ったし。」
叶恋さんは壁を修復しながら言う。
「え?逃げたとこわかってたんですか?」
それでいいのか?という意味で訊く。
「いいのよ。今の拠点割り出すから。」
本当、何でもありな人だ。
自分にも火の粉が降りかかる可能性半分、興味半分で詳しいことを聞こうとしたらその前に。
「陽炎の方が詳しいと思うわよ。
口を割るかは置いといて。」
と突っぱねられる。
「…どんだけ恨みかってんすか、陽炎サン…」
「ん~?一人しか思い当たらんぞ?」
なんてとぼける。
これはきっと聞き出せないな、と早々に諦める。
一番聞きたいことは、聞けないまま。
「(…間違いなく、あの時あの人は言ったんだ…)」
こはる、と。
小春を知っているようだった?
その割には小春自身は既に何かあったかのような感じはしない。
既にこの場は落ち着いていた。
その日の夜、俺はある部屋を訪れていた。
組織の拠点の最上階。
そもそもこの建物は空き部屋も多いらしいが俺以外はここに住んでいるとのことであった。
なんでも5階以上の階は居住区になっているようで。
そして今いる13階のこの部屋は叶恋さんが使っている部屋と聞いている。
インターホンを押せば少し間をおいて赤紫の彼女が出てきた。
「アポなし訪問とは、今日のことが気になったのかい?」
と中へと促してくれた。
叶恋さんの部屋はなんだか上品な家具で統一されていた。
最初のティーセットの時も思ったがこの人やっぱり元々金持ちなんじゃないか?
そんな思考がよぎる。
そんな中でいくつかの写真立てが目についた。
そこに居たのは深紅の髪を持つ少女と金髪の祭服を着た男性だった。
深紅の髪を持つ少女の方はなんだか叶恋さんの面影があって…
「髪の色は事情があってね、ある日突然変質したのよ。」
俺の疑問なんて見透かしたかのように彼女は答える。
…あまり深く聞くのはやめた方がよさそうな、そんな声色だった。
怒っているというより、どこか少し、悲しそうな。
「さて、私にこたえられることなら相談に乗ってあげようかな。」
とソファに座るよう促される。
いつもの紅茶もすでにテーブルに用意されてあった。早業だ。
「あの女の人、小春って呟いたと思うんです。」
どうしても気になったことをまず聞いてみる。
「あいにく、彼女自体は心当たりがなくてね、小春と近い"なにか"は持っているけれど。」
本当か嘘かその真偽を確かめるすべは俺にはない。
「でも彼女の上にいる人物には一人、心当たりがある。」
どうせ知ることになる、そういって彼女は続ける。
「陽炎と共に産まれ、育ち、罪を犯し、袂を別った半身ともいえる存在。」
「名を、水月という。
だから詳しくは陽炎に聞いた方が早いわよ。」
水月…
新しい人物の登場と波乱が起きそうな予感にめまいを覚える。
まだ、戦えるような存在ではないのに、どうするか、と。
「…まだ、聞きたいことあるんじゃない?
ここ数日悩んでたでしょう?」
その言葉に保留と考えることを放棄したその可能性を思い出した。
「…俺の能力って、他者にも使うことはできると思いますか?」
「まず貴方はいつも、どうやって能力を使ってるか聞いてもいいかしら。」
どうやってって…
「えっと、心を落ち着かせて、相手の認識の外へって…」
「自分以外を認識の外へ、その理論なら答えは可能、だと私は思うわ。
貴方の使うときの考え方も間違ってないと思うし。」
と満足そうに答えてくれる。
「そう、認識の外へ、これを忘れないように、ね。」
そして立ち上がって
「最後に助言するなら、現状最も簡単で有用に活用するには氷雨と組む事ね。
どうせ暇してるだろう陽炎に相手役をやってもらって手伝わせてやりなさいな。
さぁ、あとは自分で頑張ることだ!若人よ。」
と帰るように促される。
なんだかこの人といると促され続けているような気がする。
なんて考えてはいけないなと苦笑する。
「ありがとうございます。助言とか、いつも助けてくれて。」
そう告げたら彼女も笑って、
「もう大丈夫そうね、どういたしまして。」
と背中を押してくれた。