第2話:ハジマリの出会い
さて、困った。
目の前には2人の男女。
俺が今ここに居る理由は…
『"空色の太陽"の後を追いかけてきたから。』
そう、女の子の後をつけてここまで来たのだから問題なのだ。
…って、え?
今俺、声に「出してないわよ。」
女がにっこりと笑って言う。
そういえばこの人もなかなか奇抜な色をしている。
「奇抜で悪かったわね。これでも元々こんな色なのよ。」
赤紫色の長い髪に金色の目。
これが元々だとはとてもじゃないが信じられなかった。
さらに異質なのはこの夏の暑い日に首のつまった服に両手に手袋をはめている。
「…人の見てくれにケチつけてないでそろそろ現実を見たらどうかしら?」
その発言はもっともだ。
だが認めたくなかったんだ。
なぜなら俺はこの人たちと会ってから今まで
一言も、発していないはずなのだから。
異常だ。
非日常には慣れていたはずだったのにその"異常"への理解が追い付かない。
そうだ、非日常だ。
どうしてこういう時に限ってすぐに思いつかないのだろうか。
"今"が使い時じゃないか…!
呼吸をするように簡単なことだ。
ただ、この人たちの認識の外へ…いくだけのはずだった。
「させないわよ。」
女が手をかざす。
瞬間世界が黒に包まれる。
意識をなくしたわけではない。
文字通り、黒に塗りつぶされた。
暗いわけじゃなく、黒いんだ。
俺の姿も、女の姿も、もう一人の無表情を貫く灰色の男もはっきりと視認できる。
黒い世界で3人だけが色彩を持っていた。
音も、光も、他には何もない世界で…。
「少し、お話ししましょう?」
提案をするように女が言うがそれに拒否は認めない、そんな圧があった。
「その女が~ってのもやめよっか。私は天羽叶恋。
苗字は嫌いなの、名前で呼んでちょうだい。」
女、もとい、叶恋さんが指を鳴らす。
瞬間黒い世界に白いテーブルと椅子が出現した。
「とりあえず座りましょうか。
あ、こっちの無愛想なのは川霧氷雨って言うの。」
無表情の男は何事もないように座っている。
わからない。まったくもって感情のかけらも読み取れない男だ。
「こいつに感情なんてないわよ。呪い、みたいなものね。」
先ほどまでの気さくな感じの口調じゃない。
語気自体が荒いわけじゃない。
なぜだか底冷えするかのような嫌悪を孕ませた様な呟きだった。
「まあ、そんなのどうだっていいわ。どうぞ召し上がれってね。」
いつの間にか紅茶やらカップケーキやらティーセットが用意されていた。
この一瞬で、少し目をそらしたその一瞬で用意されていたのだ。
白地に金色で上品に飾られたティーセット。
見事な細工の施されたガラスの皿は三段のタワーになって色とりどりのカップケーキが乗せられている。
考えてはいけない。いつ用意されたかなんて。
そんな気がした。
唯一わかることといえばそれらを用意した彼女がよほど教養ある人なのではないか、そんな推測だけだった。
「理解が早くて結構。
まぁ、もともとある程度能力を使っていたようだし?」
全部お見通しのようだ。
きっと隠し事なんかできやしない。
「ええ、ここでは、その通りよ。」
どこまで知っているのかわからない。
でもこの人なら、すべてを知っていると言われても信じてしまいそうだ。
そんな確信だけがあった。
「さぁ、本題よ。」
金の双眸に射抜かれる。
「春来燕くん、貴方の言う"非日常"、つまりはその能力について知りたくはないかしら?」
その言葉に絶句する。
叶恋さんは念を押すようにもう一度、言った。
「貴方の言う"非日常"、つまりはその能力について知りたくはないかしら?」
その言葉に俺の心臓は大きく鳴った。
何も知らない。
誰が与えたのか、身内も使えるのか、その身内の存在すらも、俺は知らない。
何も知らずにいともたやすく扱えた"非日常"。
その問いの答えなんて、もうずっと前から決まっていたようなものだった。
「知り、たいです…!」
「知らなかった頃には戻れないわよ?」
意地の悪い質問だった。
それでも、俺は…
「知りたい、いや、知らなくちゃいけない、そんな気がするんです。」
平凡を望んでいたはずだった。
普通でなければならないと思っていた。
はずなのに、なぜこんなにも"知りたい"と願っているのだろうか?
「うん、大丈夫、かな。
それじゃあ話してあげましょう、力とそれを得たもののことを。」
「まず私たちは、この能力を持つ者たちを総称して"夢描者"と呼んでいるわ。」
力を得る方法は様々。
そのほとんどの例で共通するのは遺伝するってことかしら。
例えば禍つモノによる呪いを受けた存在。
例えば魔のモノとの取引の成立した事例。
例えば力を持つ存在との交わりがあった家系。
例えばただの人間だったはずが突然変異を起こした場合。
「まぁ、突然変異は非常に稀であることは確かね。」
「力の大きさにも色々あるの。生物にヒエラルキーが存在するのと同じように、ね。」
とても力の弱いアヤカシから力をもらっても強い能力は得られない。
逆に強すぎる存在から力をもらっても制御する器がなければ壊れてしまう。
そんな私たちの中の常識で最も力を持つ存在が"夢魔"なのよ。
「淫魔を想像した貴方は間違い。怒るわよ?
あんな低俗なものと一緒にされてたまるものですか!」
現世、天界、魔界とかはファンタジーによく出てくるでしょう?
それと同じように世界は無数に存在していてその中の一つ、”夢界”に生きる悪魔の総称を”夢魔”としているわ。
「その最たる力を持つ存在にあやかって"夢を描く者"なんて名前を付けたんでしょうね。」
夢界を統べる夢魔なんて悪魔といいつつ”神の羽”なんて名前を持っているの。
「どう?ここまでは大丈夫そう?」
あまりにファンタジーな話に正直戸惑う。
そしてやはりある疑問にぶつかる。
なら、俺は…?
自分は何者なのか。
その疑問は解消されない。
「君は…」
叶恋さんはそこで一瞬何かを思案するかのように視線を宙に投げ、言い放った。
「君は血統ね、それもそこそこ近親者。
親からもらった能力よ、それは。」
「親…から…。」
両親の記憶は酷くおぼろげだった。
特に父親なんて顔すらわからない。
髪を結い上げて優しそうな顔でほほ笑む母も記憶で霞む。
「まぁ、いきなり言われても戸惑うわよねぇ。
ゆっくり知っていけばいいのよ。貴方自身のことも、私たちのような者のことも。」
そこで思い当たる。
そういえばこの人たち(特に叶恋さん)もトンデモ能力を持っていることに。
「あの…叶恋さんたちはどういう能力か聞いても…?」
そこで初めて無表情男が口を開く。
「俺のは先祖が怪異と取引して、というやつだ。
まぁ、騙した様なもんだが、重宝されるようだ。」
そういって無表情男の灰色の両目が、ぼう…と赤い光を帯びた。
「能力は所謂"透視"
間違ってはないだろうが"無表情男"は多分、失礼だと、思う…?」
何故疑問形なのかはわからないが驚いた。
この2人そろいもそろって人の心の中を覗けるようだ。
「私は彼とは本質が違うわよ。まぁ、家系図辿れば血縁ってこともあるんだけど。」
そう言って叶恋さんはぱちんと指を鳴らす。
その手には一輪の花が握られてこちらに差し出している。
「能力は"創造"。夢界の主の血を引く家系で一際強く血を継いだ。
"先祖がえり"やら"生まれ変わり"やら呼ばれてるわ。」
よろしくね、と花を渡される。
畜生、美人の癖にかっこつけやがって。
様になっているから質が悪い。
…そうじゃなくて。
「…夢界、って、夢魔…?一番強いやつ…!!っスか…?」
「あっははおもしろーい!よく覚えてたね~。」
なるほどホントにトンデモ能力の持ち主だったようだ。
元々何でもできる能力に加え氷雨サンの家の血も引くから心が読める…ってとこだろうか。
「ん~ちょっと違うかな。何でもはできないし。」
叶恋さんは困ったように笑って
「ごめんね、今のここ、燕くんが言うとこの"黒い世界"は私の作った"別空間"。
だから思考とかも筒抜けなのよねぇ。普段も若干読めるけどここほどじゃないの。」
さて、そろそろ出ようか。
彼女のそんな言葉と共に"黒"が砕け散った。
「ようこそ燕くん、私たちの世界へ。」
そこは紛れもなく先ほどたどり着いた路地裏の一角。
叶恋さんが目の前の扉を開いて「さぁどうぞ。」と俺を誘う。
ここに俺の出自がある。
ツキンと一瞬痛む頭に気も留めず、建物の中へ誘われる。
平凡であろうとしたあの時では成しえなかった、そんな縁が、つながった。