第13話:能力の片鱗
「いいか、おまえはひたすら能力を使え。」
扉を目の前にした氷雨サンは振り向きもせずそういった。
「ただ、意識を意識しろ。」
何度か投げられるその言葉に何の意味があるのかはまだわからない。
なぜ、急に助言をくれるようになったのかも。
ただ、それが必要なんだろうということしか、わからない。
「何故、か…。
知る必要があるからだ。」
「出会いは偶然であったがおまえは知りたいと願っただろう。
そして思うところがあって俺は俺なりに調べた。
結論、おまえは知る必要があると判断した。」
俺は氷雨サンのようにその心内を知るすべはない。
ましてや背を向けたままのこの男がどこまで知っているのかも、知り得ない。
「叶恋が俺を進めたのはヒントを与えるためだ。
能力の相性や応用だけに限った話ではない。
通じる点があるということだ。
…頭の隅にでも入れて能力を使っていろ。」
叶恋さんは本当、どこまでわかっているのだろうか。
短い期間ながらも叶恋さんの言動は信頼できるものだと思っている自分がいる。
…叶恋さん自身は、よくわからないけれど。
「今は必要ない。行くぞ。」
その言葉に俺は慌てて能力を使う。
範囲指定は昔から使っていたものと同じ、自分以外のすべて。
意識を意識すると考えた時、気づいたことだった。
そう、誰にも認識されないように、能力を使う。
「あら、私のところには新顔ひとり。
本命はやっぱりあの人ということですか。」
そこに居たのはあの日壁を壊して入ってきた灰色の女。
その発言からちゃんと能力は発動していると思われる。
氷雨サンは無言で駆け出すと女性に攻撃を仕掛ける。
…あの人、理論派みたいな顔して肉弾戦するのか…。
正直格闘技とかに会わないと思っていただけあって意外だ。
殴っては離れ、死角に回りけりを繰り出す。
その瞳は淡く発光しているあたり相手の動きはお見通しなのであろう。
恐らくは相手が能力を使う前に対処するために。
時々氷雨サンが一定の距離をとっているあたり彼女の能力は範囲の限界があるのだと推測できる。
だがそんな戦法だからか、決定打にもならない。
時間はかかると考えられる。
それなら俺は、安心して離れた場所から家探しするだけだ。
狙うは一番奥、横たわっている人のは入れそうなカプセルのようなもの。
そこには思った通り、小春がいた。
意識はないようだが、確かにそこに居た。
しかしながらこんな機械を動かすすべはない。
とりあえずカプセルに触れる。
『わたしは…』
触れた瞬間響く声。
闘っている二人に反応はなく聞こえていないようだ。
『存在証明…必…して…?』
確かに、聞こえる。
頭に響くような、不思議な感覚で。
聞き覚えのある声が聞こえる。
そして伝わる。
自分でも原理はわからない。
でもそういうことだって、わかった。
「やっぱり。」
あの記憶は小春が失くした記憶だったのだと。
カプセルに横たわる小春。
その隣で立ちすくんでいる灰色の長い髪の少女。
―わたしが最後に見たのは、大切な人の涙だった気がする。―
―あたしが最初に見たのは、誰かの涙だった気がする。―
その二人が重なった。
そこに居たと思った少女は小春の記憶の残滓か、はたまた真冬の思い出の欠片かはわからない。
でも彼女が小春だってことは、わかる。
「小春は間違いなく貴方を大切だと思っていた。
でも、小春はそれを覚えてはいない。」
能力を解いて俺は言い放つ。
灰色の女性は動きを止めた。
「あなた、どこから…?」
そんな問いは今は必要ない。
「記憶を保つには負荷がかかりすぎたんだ!
そうじゃなくても…許されるべきことじゃないだろ…!!」
彼女はわかっているはずだ。
「…!?
知らない…!言わなくていい!!」
「小春はもう、死んだんだろう…っ!?」
その事実は俺にとっても、彼女にとってもつらいものだった。
だからと言って変えようもない事実であることは確信していた。
それは真冬のエゴだった。
それは小春の始まりだった。