第12話:青年は、
「叶恋、ちゃん…。」
燕クンたちと別れて階段を昇る途中、足が止まる。
僕は、怖いんだ。
現実と向き合うのがどうしようもないくらいに。
卑怯で臆病なそんなどうしようもないやつ。
最初は神様だと思った。
地獄から僕らを救ってくれた神様。
でも本当は、僕らとおんなじただの人の子。
僕らよりも小さな、女の子。
そんな彼女が大切だと思ったのはいつだったか。
ただ、僕らは間違った。
恩を仇で返した。
それでもあの日彼女が僕の手を取ってくれたから。
今でも、近くにいてくれるから。
僕は勘違いをしていたのだろう。
アイツとおんなじ金色の髪。
アイツとおんなじ目の色。
アイツと似たような背丈の高さ。
アイツと重ねられたとしても、この人のそばにいられる。
それが何よりも甘美な現状だった。
それなのに。
彼女は知っていた。
彼女はわかってた。
僕は、とんでもない道化じゃないか。
先に進まない僕を見る彼女は呆れている様子だった。
「ねぇ、陽炎。
…姫城は、最後まで醜かったわ。」
それは僕にも当てはまる、ひどく冷たい言葉だった。
「人間らしいっちゃ人間らしいわよ。
欲望の塊、自己中心的な考え方。」
僕は、彼女を見ることができなかった。
「あの人の仇がすべてあんな奴だったらいいのにって、思っちゃったもの。」
事が解決すれば、僕は断罪される。
やっと、償える、とまで思ってしまう。
そんな自分の浅ましさに嫌気がさす。
「私は貴方をあの人と重ねたことは一度もないわよ。
だって、ずっと気づいていたもの。」
救いようのない思考だったのだ。
彼女と過ごしてきた時間を思い、苦しくなる。
「ねぇ、陽炎?」
僕を呼んで彼女は僕の顔を固定して目を合わせる。
「許さないと決めていた、でもね?
貴方見ていて痛々しいのよ。」
彼女はどこかつらそうな、そんな表情なのに、笑っていた。
「わかっていて、知っていて、その手を取った。
許しはしない、憎みもしない。
でも、貴方と過ごした時間は嫌いじゃなかったのよ?」
「叶恋…ちゃん…。
ごめ…っ」
ごめんねは言葉にならなかった。
彼女の手がバチンといい音を立てて僕の両頬を鳴らす。
「なんて顔してんのよ。
あんたはいつもみたいに笑ってりゃいいのよ。」
いつの間にかいつもの強気な彼女の顔に戻っていた。
「今は目の前のことだけ、考えてればいいじゃない。
それもきっと、つらいでしょうけれど。」
目前に迫る半身との確執。
彼女の言う通り、向き合うのは、怖い。
それでも。
「ウン、もう逃げないよ。
変わらなきゃ、変えなくちゃいけないもんネ。」
どうしてこうなったのか。
それすら理解できない僕はきっと薄情で最低な人間なんだ。
自分勝手にやってきた。
同じ過ちを犯した癖に僕だけのうのうと平穏を甘受してきた。
会えばわかるだろうか?
話せば伝わるだろうか?
幼いあの日にはもう戻れないけれど。
僕は階段を上り始める。
今のままではいられない。
変えなくちゃならないことがある。
僕より小さい子たちが頑張っている中、僕だけが自分勝手だったんだ。
僕よりも重い運命を背負うあの子のことを考える。
見つけなくちゃいけないことがある。
抗わなくちゃいけないことがある。
それは決して逃げることはできない運命。
「やっとらしい顔になったんじゃないの?」
そう笑う彼女が大切だから。
あの日逃げ出した家族が大切だから。
大切なものは少しずつ増えていった。
だから覚悟を決めなければならない。
結末がどちらに転ぶかはわからない。
それで、僕らが散るとしても。
X.5話にする予定が微妙な長さ+微妙に重要な話になってしまい12話に。
書いている途中で陽炎が暴走しました。
もう、彼がわからない。