外伝2:誰も幸せになれなかった物語
はじまりは昔々の魔界のお話。
世代交代の権力争いが勃発していた頃の話。
イヴリースと言う1柱の悪魔がおりました。
酷く美しい金色の羽を持つその悪魔は神の羽の名前を主に貰いました。
その時から彼の名はイブリース・ゴッドウィングとなりました。
真紅の髪、金色の双眸、黄金の羽。
絶大な力を持つその悪魔はただ1柱の主に使えておりました。
彼の働きも大きく、彼の主は無事魔界の王となりました。
その時王が弱気にならなければよかったのです。
王は怖くなりました。
絶大な力を持つ臣下にこの地位を脅かされるのではないかと恐れたのです。
王は命じました。
夢界へ降りろ、と。
それは事実上の魔界追放でした。
イブリースは言いました。
王よ、私は貴方に尽くしてきました。
勿論、これからもそのつもりです。
貴方が私に命じるのであれば、もう二度と、この地を踏まないことを約束いたしましょう。
夢界へ渡った彼は悲しみにくれました。
王の前では強気で告げたものの、忠誠を誓った相手に裏切られたようで、絶望に打ちひしがれました。
黒い怨嗟を囁くうちに彼の羽は常闇よりも黒く塗りつぶされていました。
美しい翼はもうなくなっていたのです。
絶大な力を持つ彼はいつしか夢界の主となり己に悪夢の名前をつけました。
それが夢界の主、イブリース・ナイトメア・ゴッドウィングの始まりなのです。
どれだけ時が流れたでしょうか。
その頃にはもう、少しの反抗を見せるような存在もなくなっていました。
夢界に彼の力に及ぶものなど居なかったのです。
そんな時に聞こえました。
力が欲しい、と。
切に願う清らかな声が聞こえました。
彼は思いました。
その声の主が欲しい、と。
その声の主は後に彼女の家系で聖女と呼ばれることとなった天羽白雪でした。
彼は言いました。
私の元へ来るのならお前の家に永劫の力を授けよう、と。
聖女は言いました。
力があれば叶った願い、後の世にて同じ思いをさせたくない、と。
私が身を捧げることで力を与えてくださるのなら、この身御身に捧げましょう。
聖女の魂はその瞬間夢界へと渡りました。
現世の彼女の身体は生きたまま魂だけ渡ったのです。
そして彼女の身体には夢魔の子供が宿されました。
聖女は日に日に弱っていきます。
そもそも寿命が違うのです。
無限に生きる夢魔とは違い彼女はただの人間でした。
夢魔は思いました。
彼女の願いを叶えてあげればよかったと。
彼女の願いは叶わぬ恋。
力無き家とは縁を結ばぬと引き離された恋仲との未来だったと思ったのです。
それでも悪魔は契約を破れません。
彼女が弱って消えていくまでせめてもと、夢魔は彼女に寄り添いました。
そして聖女が死した時、その魂を大事に暖めました。
魂が十分に力をつけた時、彼女の家系に還す事にしたのです。
今度こそ、叶えられるように、力を与えて。
それが罪滅ぼしだと言わんばかりに。
聖女の生まれ変わりは絶大な力を持って産まれました。
白い羽が卵のように彼女を覆って産まれました。
真紅の髪に金の双眸はまるでかの夢魔のようでした。
彼女の家系の者は先祖返りだと喜び、敬い、彼女に強いたのです。
過去の過ちを償う様に、同じ年に産まれた聖女の恋人との婚姻を。
聖女の恋人であった男は引き離された後、心を壊してしまいました。
感情を一切、なくしてしまったのです。
そして奇しくも先祖返りの少女と同じ年に生まれ変わっていました。
感情は、手放したまま。
少女は嘆きました。
自分に強いられた償いでさえ、叶うはずがない恋でしかない、と。
少女は逃げ出しました。
その先で1人の聖職者と出会います。
愛し合った2人は悲劇により切り離されました。
それを人は不慮の事故と言いました。
でも違いました。
何らかの介入があったのです。
それに少女は気づきました。
少女は聖者口付けを落としました。
そして彼の十字架を手に取ります。
戦うためにと、とりました。
それは少女の手を焼きました。
それは少女の胸を、焼きました。
真紅の髪は紅桔梗に染まりました。
すると十字架は少女の手と胸を焼くのをやめました。
少女は成長した今も、彼のことを忘れません。
自分に執着を見せる人が現れても、決してそれに、靡きません。
夢魔は願います。
娘も同然である少女に幸せになって欲しい、ただそれだけを。
夢魔は今日も見守ります。
少女の未来が少しでも、幸せになれるように。
過ちは誰が犯したのでしょうか?
何が幸せになることを拒もうとするのでしょうか?
それは誰にもわかりません。
ただ幸あれと願うことしかできないのです。
これは誰も幸せになれなかった、そこまでの話。