第10話:彼女の戦い
黒の世界で取り残された姫城と私。
彼女は状況が理解できていない様子だった。
「あんた…何したの…!?」
己の世界に閉じ込めたはずの人間がいなくなったことがよほどお気に召さなかったらしい。
苛立ちを隠そうともしなかった。
「さぁ、なんでしょうね?」
私はおちゃらけるように言う。
力量を測ったうえで、余裕なのだ。
それに、彼女の能力の感覚は覚えがあった。
忘れもしない、私の最愛を奪ったあの日。
間違うはずもない、現場にこびりついた力の残滓。
これは私怨。
だから勝手に戦うの。
一人そう、決意した。
「まぁ、いいわ!後でまた捕まえればいいんだもの。
その分アンタはいたぶってあげるけど、ね!!」
ばばばばっと力が爆発しながら襲い掛かる。
それは私を傷つけることもできずに、ただ土煙をあげ、両者の視界を奪う。
「私は夢の華!ここではもちろん、私が主役よ!!」
自分の力に余程自信があるらしい。
声高々に自己主張をする女。
夢魔の血縁であることが自信となり、過信となっているのだろう。
「(本当、こういうのばかりが仇なら、気が楽なのにね。)」
一人内心自嘲する。
まぁいい、好都合だ。
視界を奪い慢心する女の性格はお世辞にも好きになれそうもない。
戸惑うことなく、やれる、そう確信した。
相手は自分を主人公と宣言している。
役目に酔っているのなら、派手に演出してあげよう。
その心を折るために。
いつの間にかその手に握られる十字架。
これは私の愛した男の持ち物。
悪魔を焼く、十字架である。
「His dead soul is with me.(死せる彼の魂は我と共に。)」
あの人が死んだのは不慮の事故なんかじゃない。
力の残滓がしっかりとそこにあったのだから。
「Even if he can`t accept my power.(我が一片も寄り添うことは叶わずとも。)」
助けようとした。
叶わなかった。
あの人は、己の力に誇りを持っていたから。
「My soul will accept his soul.(我が魂は彼の魂を受け入れよう。)」
それは聖者を愛した悪魔の力。
聖者に愛された、悪魔の力。
「The cross of the deseasd clergy(死せる聖者の十字架)」
身の丈ほどの大きさに変わった十字架は剣となりて悪魔を屠る。
「な、なんなのよ、それ…。」
煙が晴れて無傷で武器を持つ私に怯えを見せた。
「ここは私の世界!!あんたの力は必要ない!!!
なのに!なんで!!能力使えてんのよ!!!」
先ほどの爆発が何発も飛んでくる。
「私が!主人公!なんだから!!」
それを剣でわざわざ切り捨てながら、近づく。
1歩、1歩、ゆっくりと。
「それしかできないの?」
ほら、待っててあげるから全力を見せてみなさいよ。
それをすべて叩き折ってあげるから。
力量の差は大きかった。
同じ夢魔の子孫でもここまで違うものなのか、と。
それもそのはずだった。
一方はただの夢魔の血縁。
もう一方は夢界を統べる悪魔の血縁。
それも、夢界の主が愛した聖女と同じ魂を持つ者であったのだから。
差が生まれない方がおかしいのだ。
ましてや彼女が持つ剣は悪魔を殺すための剣。
姫城の攻撃がすべてその剣で消されるのも当然の結果である。
もっとも剣なんて使わずとも、彼女が傷を負うことはないのだが。
たいしたことはない。
これ以上は何もなさそうだと叶恋は動く。
瞬間世界が塗り替えられる。
世界の主導権が叶恋に移ったのだ。
いつでもできた。
でもしなかった。
全ては仇を見極め、絶望を与えるためだけに。
「ねぇ、この十字架、見たことない?」
そういった彼女の手にあったのは剣ではなく正真正銘、手のひらサイズの十字架だった。
それをみて血相を変えたのは言うまでもなく、姫城だった。
「し…知らない!ゆめ知らない!!
ゆめを悪魔っていった神父なんて…!!」
それは自白しているも同然だった。
「そう、榊は言ったのね?
言い寄ってきたあなたに。
身も心も悪魔そのものだ、って。」
世界の主導権が移った時点で、姫城の思考は筒抜けだった。
「ゆめ悪くないわよ!
だって、あいつが…!!」
そう言い切る前に私は告げる。
「その欲望の塊は実に人間味があるけれど、貴方は身も心も魔に堕ちた。」
それは同情の余地もなく。
それは酌量の余地もなく。
「うるさい!!だいたい何であんたあたしの心見れるのよ!!
ここは私の夢なのに!
ゆめにはアンタが見えないのに!!」
反省の色はない。
私も心は痛まない。
「勘違いしているようね?
そもそも夢は私の領域なのよ?」
そう、勘違いは正してあげなくちゃ。
絶望すればいいとも、思っているけれど。
「夢界の主の娘を名乗っていい唯一の存在。
お父様の次に権限を持つのはこの私。」
「夢界の…主…?娘…?」
ようやく彼女は私との力の差を理解したらしい。
その表情は恐怖にゆがむ。
「貴方の負けはね、最初から決まっていたのよ?
オヒメサマ?」
黒い世界から黒いナニカが伸びる。
それは次第に姫城に纏わりつく。
「や、やめて…!!
助けて、何でもするからぁ!!」
あぁ、命乞いをする女のなんて哀れなこと。
「あの人を奪って、私に牙をむいた。
もう、戻れないのよ?」
そう、もう戻れない。
夢に私を引き込んで敵意を向けた時点でゲームオーバーだった。
仮に、私が見逃したとしても、きっとお父様が許さない。
夢の断片が姫城を襲い続ける。
「殺してあげることもできる。
でも、そうはしない。」
ナニカは蔦のように姫城に絡まる。
ナニカは生き物のように姫城を飲み込もうとする。
「ひっ」
怖くて声も出ないのかしら?
「さよなら哀れな"夢の華"
永劫の闇でせいぜい咲けるといいわね?」
黒は彼女を飲み込むと同時に、私も黒の外へ出た。
能力使用に詠唱は必要ありません。
あくまで、主人公をかたる相手のための叶恋ちゃんの意地悪な演出です。