第8話:出動
最後に見たのは大切な人の涙だったと思う。
揺れる視界に意識が浮上したことを悟る。
水の中がワタシの世界。
両手を広げれば透明な壁にぶつかる。
そんな、狭い世界。
その日そこに居たのはいつもと違う金色だった。
その傍らには初めて見る色がいた。
狭い世界から解き放たれた、あの日の記憶だ。
正直あの中にいた頃は意識が混濁していてはっきりとは覚えていない。
いつも黒に包まれた金色がいたことはかろうじて覚えている。
でも正直覚えてないってことは必要ないんだろうと切り捨てている。
もう、広い世界を知ったのだから。
なのにどうして、またこの狭い場所にいる?
肺は正常に空気を吸い込んでいる。
水の中ではないことはわかる。
なのになぜ、この手は透明な壁に阻まれる?
黙って出てきたことを後悔する。
でもじっとしていられないかった。
あたしの名前を呼ぶあの声が気になった。
なんだか意識が遠のくのを感じる。
身体が重くて言うことを聞かない。
「ごめん、なさ…」
呟き終わる前に意識を手放した。
「…小春?」
その日の目覚めはとてもじゃないけどいいものではなかった。
己が何者か、悩んでいるうちに眠ってしまい見た夢は自分の視点じゃないと感じた。
はじめて、他者を通してみているような、そんな感覚だった。
時間はもう昼近く。
本当に寝すぎだと思う。
ただでさえ危険が近づいているであろう時なのに。
不穏な夢を見たことで更に不安がこみ上げる。
そんな時、どこから声が響いた。
「全員、ロビーに集まってくれ。」
それは今まで聞いたことのないような陽炎サンの焦ったような声だった。
ロビーに降りると陽炎サン、叶恋さん、氷雨サンがすでにそこに居た。
小春の姿は、ない。
それが不安を駆り立てる。
「燕くんも来たね。」
いつものへらへらした陽炎サンではなかった。
「あの…小春は…?」
夢は夢だと自分に言い聞かせるも不安は拭えない。
陽炎サンは首を横に振る。
氷雨サンは赤い目でじっとこちらを見ていた。
「…確信した。
小春はどこか狭いところに閉じ込められているのだろう?」
氷雨サンがそういうと注目がそっちに集まる。
でもすぐに彼の視線が俺に向かってることに気づき俺の方に注目が集まる。
「燕くん、見たものを、話してくれない?」
俺はさっき見た夢を、そのまま伝えた。
「いや、でも、夢…っすよね?」
ただの夢ではないとそう思うのに、信じたくない。
「貴方自身が、感じているはずよ。」
その言葉がひどく重くのしかかったような気がした。
だから、今もなぜか記憶にこびりつくかのように残っている光景を、話した。
それを聞いた叶恋さんは確信したように呟く。
「陽炎、小春は恐らく後を追ったようだわ。
そして奴らの居場所は…」
「あの時の研究所、だろう?」
陽炎サンも叶恋さんも場所がわかっているようで。
「研究所…?」
話がつかめていないのは俺だけのようだった。
もっとも、氷雨サンに関しては知っているのか見て知っているのかはわからないが。
「ウン、本当はもう二度と行きたくはなかったんだけどネ…。」
そう言った陽炎サンの表情は沈んでいた。
「僕、もともとそこに居たんだ。兄弟と一緒に。
ここから少しあるし、道中話そうか。」
うん、そうしよう。そう言って歩き出した。
向かう先にある扉はまだ俺が入ったことのない扉だった。
「そうだね、どこから話そうかな。」
地下へとのびるような階段を下りながら陽炎サンは話し出す。
「僕の家系はある意味特別だったらしいんだ。
純粋な人間で最初の能力者の家系だったから。」
そして一台のトラックの裏手に回ってその荷台を開く。
「まぁ、とりあえず車に乗ってからだね。」
トラックの荷台の中を見た感想は、こうだ。
「…あの、俺のイメージしているトラックじゃないんですが。
主に、中が。」
見事に改装されていた。
普通に部屋だ。
ソファと小さめの机が置いてある。
緊張感も吹っ飛ぶような光景だった。
「居心地がいい方がいいだろう?」
さも当然のように陽炎サンは言う。
…ソファが無駄に座り心地がよくて、うん、何とも言えない。
「小春が動けない可能性もあるからね。
念のために広い方がいいかなって。」
確かにその通り…なのだが。
もうここでは俺の思う"常識"は忘れた方がいいと再度そう思った。
運転席に氷雨サンが乗り込みあとの3人は荷台(という名の部屋)に乗る。
「じゃあ、話そうかな。」
そして陽炎サンは語りだす。
それは純粋な人類の原初の能力者の話。
純粋な人類での原初の能力者の出現は具体的にはいつ、どこで、などは伝わっていなかった。
ただ、そこに現れた。
それは突然変異した個体とされている。
ただ、そこに、発現した。
小さな集落で出現したそれは現人神と呼ばれただけの、子供だった。
その能力は作り変えるもの。
後の人間が解析した結果わかったことだが3つの能力だったとされている。
分解、変換、構築。
その三段階によって何かを何かに作り変える、そんな能力だった。
その能力は子孫に受け継がれていった。
その子孫が僕たちだったと聞かされている。
正直、よくわからないんだけどね。
なにせ物心ついたときにいた血縁者は僕ら兄弟だけだったのだから。
そう、今から行く場所にある研究所に居たんだよ。
今はもう、機能していないはずだけどね。
知っての通り、僕の能力は破壊。
それはもともとは分解だったものだ。
僕らの能力は、分けられていたんだヨ。
お互いがそろって、初めて"作り変える"事ができる、そんな風にね。
「…ある日、僕の能力が暴発してね。」
その日までは間違いなく分解だったんだ。
爆発的に膨らんだ能力は破壊しかもたらさなかった。
死者も出た。
水月には大きな傷が残った。
その後ちょっと助けてくれた子がいてね。
まぁ、彼女はただ、己の力がどこまで通用するか試していただけらしいんだけど。
それでも、僕たちは助けられたんだ。
「あれから研究所に足を踏み入れることはないと思ったんだけどねぇ…。」
「…じゃあ、今から行くところは陽炎サンにとっても、水月って人にとってもいい思い出のない場所なんじゃ…?」
なんでそんなところを拠点にしているのか。
水月という人物像がまったく思い浮かばない。
「ま、そういうコトになるね。」
複雑そうな顔をして、そう答えられた。
「あの子の能力は"変換"よ。
別のモノへと変異させる力。
一応頭の片隅に…入れても仕方ないかしらね。」
ずっと黙っていた叶恋さんが口を開く。
確かに俺の能力は何かに変えることはできないだろう。
「この前の女もそう。
他にどんな子囲ってるかわかんないの、油断しないでね。」
ともうすぐ着くわよと言いながら叶恋さんはバシッと俺の背中をたたく。
気合いを入れていけということか。
見上げた建物は廃病院のような外観でとてもじゃないけど入りたいとは思わない。
…人の目を避けて拠点にするには丁度いいのかもしれない。
こんなとこ、肝試しくらいでしか入らないだろう。
小春が本当に囚われているのなら。
絶対助け出す。
そう強く思った。
ストーリーにほぼ関与しない昔話を番外編として同時に出しています。
未だ謎に包まれていそうな世界観を垣間見る、その程度です。