外伝1:恋を叶えられない少女の話
それは彼女がまだ少女と呼べる齢だったころのお話。
彼らが出会ったのは偶然であった。
だが、彼らが知り合ったのは作為的な思惑があった。
ならば彼らが愛し合ったのは?
ならば彼らが引き裂けれたのは?
それは彼女のそんな恋のお話。
そもそも私が家を飛び出したのは14の冬だった。
当時私には婚約者がいた。
あの頃は、それなりに大切に想っていたし、我慢もいっぱいしていたと思う。
不愛想なくせにモテる。
でも他人の思いなんて知ったこっちゃない。
理解しようとさえしないから、嫉妬することはなくても傷つくことはあったと思う。
あの日もたまたま告白されている現場に居合わせた。
あぁ、また告白されてるのね、くらいだった。
相手にもされていない女の子が「天羽さんがいるから?」って聞いていた。
それに対してアイツは関係ないと答えていた。
「アイツは関係ない。
好きとか関係なく、結婚する相手なだけだ。」
その言葉が、悲しかった。
それなりに一緒にいた幼馴染だった。
それなりに愛着が湧くくらいには一緒にいたはずだった。
「…関係ない…かぁ…。」
14の私には刺さったんだと思う。
我ながら、まだまだ幼かったんだ。
確かに婚約は前世で叶えられなかった恋を成就させるためだけのものだった。
家の都合で引き裂かれた二人を結びつけるために。
私たちはお互いがその生まれ変わりとされていたから。
それはまるで、前世の業を背負わされているかのように。
だから私は"叶恋"と名付けられた。
今度こそ恋を叶えさせるために。
そのまま勢いで学校から逃げ帰り、そこでまた私を抉る言葉が飛んできた。
私がいるとは思わなかったんだと思う。
「所詮は悪魔の子だから。
あぁ、気味が悪い。」
それは間違いなく、母親の声だった。
産まれた瞬間その姿からか勝手に崇め敬い、恐怖の対象となり嫌悪た。
それは知っていたさ。
母親は自分が化け物を産みだしたことが恐ろしかったんだ。
それだけ強大な力を宿して生まれてきた我が家系の聖女の生まれ変わり。
それが私の立ち位置。
親戚は私に媚び諂い敬い称える。
父親は私に関心がない様子。
母親は私を恐れ嫌悪した。
弟はそれなりに懐いてくれていたと思う。
それでも、やっぱり幼い私には耐えられなくて、逃げ出した。
幸い能力のおかげで最低限生活することには困らない。
あちこちを彷徨った。
能力がどのくらい通用するのか試したこともあった。
そういうのにも飽きてぼーっと公園で過ごしてたあの日、あの人に、出会った。
私の幸せは望まれていなかった。
私自身を見ていてくれる人なんていなかった。
ならば私に幸せは許されないの?
「神様がいたら、教えてくれるのかしら…?」
「それは無理だろうな。」
そんな私のつぶやきに反応したのは金髪の祭服の男だった。
金髪に目つきの悪い青い目をしたその祭服の男は妙になれなれしく話しかけてきた。
聖職者がなんてことを言ってるのだろうかと思った。
それを伝えたら彼はあっけらかんと
「俺からこの服取り上げたら今夜の晩飯にもありつけなくばるからな。」
と言い放った。
私が言えた義理ではないが神を何だと思っているのだろう。
変な人、だけど嫌じゃない。それが第一印象。
だから、距離を置こうと思った。
相手は聖職者で私は悪魔の末裔。
「私と関わらない方がいいわよ、おにーさん。」
その言葉に男は吹き出す。
「んなもんやってみねぇとわかんねぇじゃん。」
そう笑う男は私には眩しかった。
これが男…狭霧榊との出会い。
季節が巡った。
相変わらず私は彼と会っていた。
というよりむしろ教会にお世話になっていた。
最初は自嘲したさ。夢魔…悪魔の末裔が教会に住むなんて。
それでも彼といる時間は心地よかった。
いつしか私は榊のことを愛していた。
出会いの春が過ぎ、夏には祭りに行った。
秋には落ち葉を拾って笑った。
冬に、想いを告げられた。
今のところ人生で一番幸せだった頃だった。
決して長い時間とは言えなかったけれど。
私は叶恋。
その恋は決して、叶わない。
迫るトラック。
私を突き飛ばす榊。
今でも思う。私が事故にあっていたら、二人ともここに居たはずなのに、と。
トラックに纏わりつくあの力に気づいていたら変わっていたのか?と。
血にまみれた榊に能力で助けようとした。
でもその力を、彼は受け取らなかった。
あんなんでも聖職者としての己に誇りを持っていたんだ。
「叶恋…ごめん、知って、た…。」
そう。彼は私の正体を知って近づいていたのだ。
それも、気づいてはいたけれど。
「知ってるわよ!!そんなのどうでもいい…。
お願いだから受け取ってよぉ…。」
彼は頑なに、私の力を受け取らなかった。
そして私は、榊の目が閉じるのを確認した。
「榊…これ貰っていくね。」
最後に榊に口づけを落とし十字架を受け取り、走った。
それは私の手を焼いた。
首から下げれば私の胸を焼いた。
痛い。でも心はもっと痛い。
初めてのキスは血の味がした。
その時彼の力を近くに感じた。
その一部が、私に譲渡されたのだ。
十字架は私の手を焼くのをやめた。
十字架は私の胸を焼くのをやめた。
私は走った。
あのトラックに残っていた力の残滓が気になった。
その持ち主は探しても見つからなかった。
それからしばらくした頃、陽炎と出会い、気づいた。
こいつも仇だと。
私に執着を見せるこの男は私が能力試しで結果的に助けたことになる人間だった。
政府の後ろ盾と、仇のすべてを見つけるために、知っていることに口をつぐみ、手を組んで、今の組織の礎を作った。
歴史もないその程度の集まりだから、名前もない。
便宜上"組織"と呼んでいるだけ。
私は探している。
私の最愛を奪った者たちを。
次第にその目的は変わりつつあるけれど。
根底は今も変わらない、ただ、一つの愛のために。
主人公を除いたメインメンバーで最初にスポットライトを当てたられた叶恋ちゃん。
いずれ他の子たちにもスポットライトは当たります。(多分)