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第7話:疑問と混乱と回りだす歯車

よく寝た。

それは寝すぎというほどに。

窓の外はもうすでに暗いしベッド横にあった時計は既に次の日になっているようだった。


いつもより鮮明に覚えている。

さっきの夢はいったい何だったのだろうか?

どことなく、ここで出会った人たちの面影があった人もいたと思う。


例えば灰色の髪と目を持った隻眼の青年。

彼はなんだか氷雨サンに似ているような気がした。


薄い赤色をショートボブにした黄色の目の女性。

あの人は叶恋さんだ。


そして淡い橙の髪の小柄な少女。

彼女は小春に似ている。


そうするとあの金髪の人は陽炎サンに関係してたりして。

なんて思うがなんだか違うな、と感じた。


ここに来てからものすごい勢いで不思議な体験をしている。

以前の自分では考えられないほどに。


…そこで気づく。

以前の生活について、思い出せないことに。


いつも俺は何をしていた?


「俺は、春来燕。16歳。高校1年生…。」


確認するようにつぶやく。


「そう、俺は春来燕…高校…?どこの…?」


朝はけジリリリッとけたたましく鳴る目覚ましに起こされた。

トーストを齧り、お茶を飲む、そんな日常だったはずだ。

トーストも、お茶も何一つ準備した記憶はないのに。

パンどころか食材を買いに行った記憶なんてない。

まず金の出所は?

財布の所在は?

両親の姿すら、おぼろげなのに。


回る。


回る。


思考が、意識が。


俺はいったい…?



「気づいたようね。」


渦巻く思考から引き上げたのはそんな声だった。


「叶恋…さん…?」


いつもの強気な目が、今はなんだか逃げ出したくなる。

まるで全て見透かされているようで、気持ちが悪い。


「もう一度問うわ。()()()()()()()?」


あぁ、それは。

「意識が戻ったかじゃ、ないですよね。」


この人は、知っている。

俺の知らない何かを。

俺の知らなければならない何かを。


全て教えてくれるわけではない。

少しずつ、俺が気づけた時に、待っててくれているんだ。


知っているのに教えてくれないそんな状況に苛立たないわけではない。

己も知らないことを知っていることに恐怖を覚えないわけではない。


それでも、この人に縋ってしまうんだ。


「俺は…誰なんですか…?」


叶恋さんは目を閉ざして、開く。

そこにあったのはいつもの金色ではなく淡く赤く発光した目だった。

それはまるで、能力を行使した時の氷雨サンの目のように。


「君は己の能力が何か理解してる?」


俺の問いに返ってきたのはとても答えとは思えない問いかけだった。


「人から見えなく、俺は"透明化"と思って…います。」


自信がなくなる。

非日常と言いながら容易く扱っていたあの力のことを理解しているのか、自信がなくなる。


「…今はまだ、考えない方がいいわ。

 それよりも、これから起こるであろう戦いのことを考えなさい。」


初めて、答えを、ヒントを、与えてもらえなかったと思う。


「そうね。今までは答えてあげていたもの。

 それに見合うだけを、貴方は持っていたから。」


つまり、今の俺では己のことすら知ることはできない。

漠然とした不安が襲う。


「確かに己を見失うのは怖いわよね。

 だからヒントをあげることにするわ。」


いつの間にか彼女の双眸は金色に戻っていた。

あの、全てを見透かしたかのような双眸に。


「この件を追えば恐らくたどり着く。

 …貴方が望み、追い求めたならば。」


彼女は背を向け、去っていく。


「常に考えなさい。

 立ち止まったその時が、本当に己を見失う時だから。」


その声色はまるで彼女自身にも、身に覚えのあるような、なんだか切ない響きだった。











某ビル最上階。

そこは彼女の居住区である。

部屋に並ぶ家具は高級感のあるものでまとめられてある。

ただ、その部屋も今は暗いままで、彼女自身も決して明るいとは言えない様子であった。


力あるものは権力に近い。

昔からそうされていたが、彼女は違った。

もちろん、彼女の家は所謂旧家というものなのだが。

それは"力"故ではない、純粋に、もともと()()なのだ。


そんな彼女がここに居るわけは実家を飛び出したからというのが始まりだった。

それも、まだ社会的な庇護を必要とする頃に。

年齢だけで言えば働くことは可能な年齢だった。

彼女に必要だったのは、実家から逃れるための庇護だった。

まぁ、逃げだしてからの数年間はこことは関係ないところにいたわけではあるが。


「常に考えなさい。

 立ち止まったその時が、本当に己を見失う時だから。

 …なんてバカらしい。」


どの口が言うのだか。

自嘲気味な呟きは誰も聞くことはない。


姿見に映る姿は彼女にとってはいつもと変わらない。

その脇に置いてある過去の記録であるはずの物とは違う紅桔梗色の髪。

金の双眸は変わらずそこにあるが今は何の感情も映していない。

手袋を外したその両の手のひらには、火傷のような跡が刻み込まれている。

首元のつまった服も今は脱ぎ捨てられており、その胸元にも、火傷のような跡がくっきりと刻まれていた。

それはまるで、十字架のように。


「悩まないって決めたのに。

 自己満足でも、戦うって決めたのに。」


いつの間にか涙をいっぱいに貯めたその目は過去の記録…サイドテーブルの上の写真を見つめる。


「どうしようもなく、君の元へ行ってしまいたいよ。」


いつも強気な彼女の弱い部分。

誰も見ることのできない、もろい部分。


祭服の男は変わらず深紅の髪の娘(過去の叶恋)と笑っている。









同時刻、同じ建物で青年はそれを感じ取っていた。

それは能力の扱いにたけている彼だから、感じ取ったのであろう。

もしくは、彼女によほど意識を向けていたからかもしれないが。


「ごめんね、叶恋ちゃん。」


その声は弱弱しく、いつも浮かべている笑みも、今はない。

誰に告げるわけでもなく、ただ懺悔の言葉を紡ぐ。


彼はこの部屋に唯一ある写真を眺める。

そこに写っているのは金髪の髪の子供が3人。

同じ顔、同じ服。

それぞれの頬に刻まれている模様だけが違っていた。

まだ何の罪も知らない無垢な子供の笑顔。

それが、今は痛いと感じるのか、彼の表情は苦々しい。


「もうすぐ、向き合わなきゃいけないね。

 …きっと許してはくれ何だろうけど。」


彼は写真立てを伏せ、静かに目を閉じた。






そのころ少女は悩んでいた。

己の在り方に、己を知るものの存在に。

そして走り出す。

知るために、戦うために。





そのころ青年は探していた。

注意深く、少年に意識を向けていた時に見えたものの正体を。

それは心当たりがあったから。

そして、知る。

これも運命であるのだと。

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