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それでもこの手は離せない  作者: 秋村篠弥
3/3

〜夢と真実〜


次の日、私は学校への恐怖心を少し和らいでいる事に気付いた。それほど話したこともないクラスメートを信じるのもバカバカしいとは思うが、今の私には少しでも助けが欲しい。

私は少し前の平凡すぎる日常を呪った。なぜ、健康で誰にも関与されなくて、静かだった日常に不満のため息を漏らしていたのか。

しかし、同時に思った。人間って失ってから気がつくって、本当だ。

下駄箱に行くと、珍しく私の上履きがあった。教室に入ると、珍しく私に視線を向けて中には微笑んでくれる人もいた。机には珍しく真新しいイタズラ書きはなく、中にもゴミは入っていなかった。ロッカーも無事だった。

そして珍しく、教室の席が一つ空いていた。1人欠席者がいる。

「今日は狩野は休みだ」

担任の先生が言った。狩野って、確か私をいじめていた人?彼女にも病気なんてものはあるんだ。そんなバカみたいな事を考える。

そういえば、狩野って名前なんて言うんだろう?みんな苗字なら苗字で、名前なら名前で呼ぶから、呼ばない方の名を知らないことは多い。

何より、私を好きだと言ってくれた少年の名前も、わからない。どれだけ人に興味がなかったことか。私が名前を知っているのは、クラスの中では3人くらいだ。その内2人はフルネームを知らない。

ホームルームが終わる。なぜだかいきなりフレンドリーなクラスメートに、思い切って聞いた。

「あの、狩野さんの名前って、何?」

「狩野の名前?私もわからない。ごめんね」

嘘には思えなかった。聞いた後ろの席の黒髪の少女は、困った様子で言う。

その後、誰に聞いてもわからないと答えた。

昼休み例の少年と目が合った。彼はこちらに歩み寄ってきて言った。

「復活早いな。まぁ元気そうで何よりだ」

そう言ってぎこちない笑みを浮かべた。

「うん。おかげさまで。あのさ、聞きたいことがあるんだけど」

「ん?なんだ」

「あのさ、狩野さんの名前、知ってる?」

「あぁ、そんな事か狩野の下の名前はな」

「うん」

知りたいがために身を乗り出したその時だった。

目の前が真っ白になり、私の視界は色彩を取り戻した。

耳が音を拾い始めた。聞き慣れたメロディーに、私は朝が来たのだと察した。

起き上がると、そこは自室の布団だった。

不思議な夢を見ていた。これはきっと夢でありユメだろうけど。

リビングに顔を出すと、母親がびっくりしていた。

「今日は学校に行くの?」

その言葉に、私は学校に何日か行っていない事を思い出した。

「今日は、行く」

自然と出て来たその言葉に、なぜだかワクワク感を抱いた。

朝食をしっかり摂り、久しく制服に着替えて学校へ向かった。ブレザーの重さも、ひざ下の通気圧性にもソックスが食い込む感じにも、懐かしさと共に、新鮮さを感じる。

今日から行く学校には、今までの思い出を上書きしてくれる、きっと素敵な出来事が起きる。

そう信じていた。


だから変わったのだろうか。

「なんで、そんなこと言うのよ?」

私の声が、惨めなほど廊下に反響した。膝から崩れ落ちた。そんな様子に、目の前の彼は瞳には優越感が見え隠れしていた。

「そんなの、どう取るかだろ。お前は何か勘違いしてる。いつでも、人に押し付けがましい」

嘘だ、彼が私にそんな事を言うはずない。彼は、私と目が合えば微笑んでくれたし、気を使ってくれた。私もいつしか彼のことが好きになったし、それが彼の思惑だったに違いない。

なのに、なんで?

「だいたいな、同じ人間を下に見といて何が楽しいんだよ。お前はどこかの女王様か?おかしいだろ。じゃあ一つ聞いてやるよ」

彼の瞳はもう、笑っていなかった。ここからが本題だと言うように。今までにないほど、冷淡だった。

「愉快な女王様、人を傷つけたことはあるか?」

「無いわ。あるわけないじゃ無い」

「即答か。なら教えてやる」

彼はわざと一拍おいて言った。

「門脇は、彼女のことは、傷つけてないって言えんのか?」

「誰よそれ」

「お前がおもちゃみたいに扱ってる、俺たちの大事なクラスメートだ」

「大事な、クラスメート?あなた達だって、私の言いなりになって彼女のことを無視したりしてたでしょ?同罪じゃない?」

肩身の狭そうな、彼女の姿が脳裏に掠めた。思わず口元を緩める。

「やったことは認めるんだな?」

「えぇ、認めるわ。でもね、あなた達も彼女の傷を抉っていた。私だけ悪いなんておかしいわ」

「狩野…狩野七海。お前は絶対におかしい。何でそこまで彼女をいじめるんだ?門脇の前の女子の時に教師にバレて懲りたはずじゃないのか?」

やっと、名前をフルネームで呼んでもらえた。そんな嬉しさに、私は素直に答えた。この、門脇夢美を壊そうとした計画の真実を。


「私はね、陰キャラな彼女が友達が欲しいとかほざいてるのを聞いて、陰キャラ狩りの血が騒いだの。ムカつくじゃない、陰キャラのくせに何で友達が欲しいの?」

私の言葉に、彼は視線を逸らし聞いていた。

「最初は本当に、困ってる姿を見たかった。だから物隠しを始めたの。必死になって探してるのを見て、優越感がこみ上げて来た。暫くして、もうやめようと思ったの。でもね、そんな可哀想な彼女にあなたが恋をした。もうあなたごと壊してやりたいと思った。私の好意には気がつかないのに、って」

「やめてくれ。お前なんかに好かれても、微塵も嬉しくない」

「でもね、クラスメートも彼女が陰キャラなのをいい事に、協力してくれたわ。本当にいい気味だった」

「狩野…お前っ」

「でももういいわ。やめる。金輪際彼女に近づかない。絶対に」

「本当か?」

「ええ、でも条件があるわ」

彼の喜んだ表情に、いらつきが芽生える。彼女のことになると、本当に必死そうだ。

「私と付き合って、私を管理して?メールで酷い事を打っていないか、電話で誹謗中傷していないか、四六時中私のことだけを見ていてくれるなら、いいわ」

彼は硬い表情で言った。

「わかった…」

「そう、なら歩くときは必ず」

「だが、断る」

「何でよ、貴方の大事な彼女をこれ以上傷つけたくないんでしょ?」

矛盾しているのに、彼は口の端を緩めた。私と付き合わないと、彼女へのいじめは無くならないのに。

その瞬間、まだ7時半なのに教室のドアは開いた。

「その話、きちんと聞かせてもらったぜ!」

「狩野、申し訳ないがお前は退学だ。仏の顔は3度まで、だがな、現実は一回だってギリギリなんだよ」

そこに立っていたのは、彼の友人と、担任の教師だった。

「どう言うこと?私にいじめを認めさせるだけが目的だったわけ?」

「まぁそう言うことだな。はっきり言うと、そこからの話なんてどうでもいい。だけどな」

彼は私のことをゴミを見るような目で言った。いつしか、私が門脇をそんな風に見下した様に。

「同じ人間が人間を潰せると、壊せると思うなよ。壊そうとするたびに、お前自身がすさんでいく事に、気がつくべきだったな」

彼と彼の友人は私に背を向けると、教室を後にした。それが、私が彼を見た最後だった。



現実は、夢より恐ろしい。夢なんて、驚くほど自分は目の前の出来事を受け入れる。

しかし、私は目の前の光景や出来事に、恐怖しか抱かない。

「おはよう」

「おはよー!」

「やっと来てくれたんだな。夢美」

順々に挨拶をしてくれるクラスメートに、最後はあの彼が私の前に立った。

「あの、狩野さんは?」

「あぁ、七海は退学だって。よかった?でいいのかな?」

狩野の名前が七海だった事が、変に腑に落ちた。相談してから、しばらく口も聞かなかった。だから忘れていたのかもしれない。彼女の優しさと、彼女の腹黒さを。

「喜びにくいけど、平和が戻って来た事には変わりないだろ」

彼の隣で彼の友人が笑った。

「戻って来て、よかった。みんな、ありがとう」

平凡がこんなに、幸せをもたらしてくれるなんて…。

あの時…、彼の手を離さなくて、良かった。本当に良かった。

「でさ、この間の、返事聞きたいんだけど」

珍しく恥ずかしがりながら、頭を掻く彼に、私は言った。

「あのさ…」

彼は、私の答えをじっと待っていた、クラス中の視線が集まっている事を、私は知っていた。

「あの時…離さないでくれて、ありがとう。見つけてくれて、ありがと」

私はこれ以上、言葉を口に出来なかった。今度は、感謝と自分のしようとしていた愚かな行為に泣きそうになったから。

彼は何のことを言われているのか、察した様でどういたしまして、と微笑んだ。


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