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それでもこの手は離せない  作者: 秋村篠弥
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〜涙と想い〜


バイトの帰り際、俺は鬱になっていた。

何せ、バイト先のコンビニで、弁当に付いていた、レンジにかけてはいけないソースを付けたままレンジに入れてしまう失敗をしたし、ワックスをかけ過ぎで客に怒られるしで、おまけに雨が降っているのに、傘はない。

わざわざ買って帰る様な神経も持ち合わせていない。

人間はきっと落ち込んでいるときは、雨に打たれて底まで落ちた方が良いのだろう。そうすればきっと明日は良いことがある。雨が止んだ後に、虹が出る様に。

そんなつまらない思考で自分を慰めていると、道路の向こう側に人影を見つけた。

知っている、あの制服はうちのものだ。そしてあのカバンを持っているのは、彼女しかいない。なんで知っているかって?そんなの、好きな人に興味を持つことは当たり前のことだろう。

何をしようとしているのかは分かった。だから、体が道路を無理やり渡り、橋の下に消えたものに手を伸ばした。

寸でのところで、彼女の腕を掴む事が出来た。

「馬鹿野郎!何で相談しなかったんだよ!!」

その日、俺は思いっきり叫んだ。そうでもしないと、この感情を伝えられなかった。

「だ、だってぇ。」

彼女の瞳から一筋の涙が伝う。片手で自分の体重を支えているこの状況が辛いのか、それとも何か思い当たる節があり感情が込み上げているのか。

「だって何だよ!」

「私、君と話した事全然なかったし!」

「あっ、気にすんな!」

「貴方だって、私がどうなろうとどうでも良いくせに!今になって格好付けないでよ!」

そう言うと彼女は空中で体を動かし、暴れ出す。俺の腕には負担が倍かかった。

「や、止めろ!落ちんだろ!」

「貴方が落ちる前に手を離せば良いじゃない。」

俺には自分の腕がちぎれようとそんなことは絶対に出来なかった。確かに、俺は彼女に恋心を抱いている。それはこの絶対に救いたい、と言う気持ちから確信できた。

それともう一つ、大きな理由があった。

「じゃあ…」

俺は彼女の瞳を見据え言った。

「何で俺の手、掴んでんだよ。」

「そ、それは…。」

「やっぱり怖いんだろ?ここから落ちたら死ぬの分かってるから。」

彼女越しに、濁流が唸りをあげているのが聞こえた。下に落ちたら、濁流にあっという間に飲み込まれてしまうのは、バカでも分かる。

彼女は俺に指摘されても尚、手を掴んでいた。むしろ先ほどより強く握られている様に感じられるのは、気のせいだろうか?

「助けてくれって、そう言ってみろよ。」

「い、嫌だ!」

「じゃあ手離すか?」

「嫌だ!」

どちらにも行かない状況に俺は少しもどかしさを覚えた。

「生きたいか死にたいか、そのたった二つの決断を今しろって言うの!?」

「選べないのなら生きるになるけどな。」

俺はもう片方の手で彼女の腕を掴み、思いっきり引っ張った。

すると、俺は尻餅をついた。彼女はちょうど俺に被さってくれたから怪我がなさそうだ。

だが、彼女はいつまで経っても俺の胸に収まっていて、退いてくれない。

「おい、大丈夫か?」

声を掛けるが、彼女は顔を上げようとしない。だが、何故か俺の服を握っていた。

「ぁ、ぁの。助けて、くれて、ありが、とう。」

その理由がようやく分かった。彼女は泣いていたのだ。



涙と共に、今までの心の傷が具体的な出来事になり、流れ出した。

最初は、今思えば可愛いものだった。靴隠しなんて、本当に可愛い。その時は”いじめ”なんてものに耐性が付いていなかったから、それでも酷いと心を痛めた。

しかし、次第にソレはエスカレートしていった。私の前にいじめられていた人は、もう少し早く解放されていた気がする。

確か、二ヶ月だ。私はかれこれ四ヶ月。倍じゃないか。

「ねぇ、あの子…怖くない?」

その一言で、クラス内では私の存在は消えた。クラスに仲のいい友人なんてものは居なかったから、特別手を出してくるのを除けば、いつもの事だった。

でも、それが友人を作ろうと決意した矢先だった事は、何ともタイミングが悪い。

その事は、ある知人に相談してボツになってしまった。確か、七海とか言う子だった気がする。

「ねぇ、飲み物買ってきてよ。サンドイッチに合うやつ。もちろん、アンタのおごりで」

その言葉に便乗してくる取り巻きの子達、私はただただ、普通にその言葉に従った。善意でも恐怖心からでもない。

でも、自然と平和を求めていたのかも知れない。だからとことん付き合った、彼女たちに翻弄され、言いなりになった。全力で…。

それでも、私のせいで家族に迷惑をかけるのは嫌だった。お金の面でも、家の雰囲気を下げるという面でも…。

だからと言って、私にどうにか出来る問題でもない。でも、友人も頼れる教師もいないそんな私にどうしろと言うのだ。出る杭は余計に打たれるのだ。反抗心を見せれば、いつもより酷いことをされかねない。

「ねぇ、あの化粧品、バイトしてても買えるようなものじゃないんだよねー。他に欲しいもの一杯あるし。だからさ、今ちょっと取ってきてもらえない?」

遠回しに万引きを仕向ける。この時は流石に私も抵抗した。その場は恐ろしいほどあっさり手を引いてくれた。

その次の日だった。

「朝からごめんね!ちょっとお話があるんだけど、1人で来てもらえない?私も今日は1人で行くから♪」

そんなメールが朝から入っていた。私は少し早めに家を出て、学校へ向かった。

呼び出されたのは、一階の女子トイレ、いかにも陰険だ。

私が行くと、彼女はすでに待ち構えていた。

「おはよ〜、あのさ、昨日のことなんだけど。いつも私が色々もらっちゃって悪いから、今日は私からあげようと思って」

そう言うと、彼女は手招きをした。一番奥の個室に…。

私は好奇心から入ってしまった。本当に素直な好奇心からだ。何をもらえるんだろう?と。

「私からはね、これをあげる♪」

いきなり頭を掴まれると、便器の中に顔を突っ込まれた。浅かったため、額をそこにぶつける。

「私からのプレゼントは、殺意♪私に昨日、逆らってくれたからね!」

その無邪気にも聞こえる彼女の声に、私は嫌気がさしたが、同時にこれまでにない、嘲笑に襲われた。

「何で、私はこんなことを、されてるの?何で、こんな奴の言いなりになってるの?こいつは、こんな事をして面白いとでも思ってるの?何で?」

髪を引っ張られ、口からやっと空気が送り込まれた。

「今回は初回だから、これくらいにしてあげるけど…次回は一回じゃ終わらないよ?」

声のする方を見上げると、彼女と目が合った。ゴミでも見るような目とはこのことだ。でも、自然と悪い気はしなかった。悪いのは、私じゃないから。そんな気持ちだけが私の支えだった。

でも、そんな心の支えは多数派によって打開された。

「ねぇみんなぁ、この場合って私が悪いの?それともこいつ?こいつだよねぇ?」

クラスメートは守備的本能から、黙って頷いた。声に出さなくても、彼女はしっかりと支持されていた。

そんな私の心が折れたのは、ある1人の少年の言葉だった。やっとまともに、あいつ以外のクラスメートと言葉を交わした、それなのに…。

「居なくなるにふさわしい人間は、自分で分かってるから。だから足掻くんだ。惨めにな」

彼の瞳は、お前はいらない。と物語っているようで、私には返って心地よかった。何だかモヤモヤが消えた。無視されるより、罵倒された方がよっぽどいい。

そう…、でも寄り添ってもらえたら、嬉しい。マシ、ではなく嬉しい。

「私は、居なくなるにふさわしい人間だって、分かってるから…。私は足掻くよ、バカみたいに…それで、いつしか何もなくなって…本当の惨めに、なっちゃうんだよ。それを見れたらあなた達は、満足なんでしょ?」

ゆっくりと彼の表情が歪んでいくのが見えた。なぜそんな顔をするのだろうか?こんな可哀想な奴に関わってしまった事に、今更悔いているのだろうか?

それとも…、私が惨めと言うゴールにたどり着いたら、彼女の標的が変わると思ってるのかな?

私の想像と裏腹に、彼の紡いだ言葉は気持ちの悪いものだった。

「何言ってんだよ。お前が足掻いてどうすんだ?バカじゃなくて、そう言うのを健気って言うんだろ。それに俺は…」

彼は少し俯いて、私から視線を逸らすと小さな声で言った。

「あの時に言った、あの言葉は、お前に向けてじゃない。狩野に向けてだ」

私の中で、また、何かが弾けた。一番近いのは、感動だ。

「どう言う、意味?」

「狩野、あいつはどう考えてもやり過ぎだ。側から見てて、今更正義を語るのは遅いと思ってる。でもさ、お前がそんだけ追い込まれてるの見たら、いい加減俺たちも口出さないでは居られないな」

「俺たち?」

「あぁ、いじめって1人が初めてみんなが巻き込まれたくないからあいつがルールになるんだろ?だったら、逆も出来るんじゃないか?狩野の事を支持したら、つまり間違っている方に味方をしたら、はみ出るって言うルールを自然と作ればいい」

「そんな事、出来ないよ」

「出来んだろ。それに俺はいい加減、見てられないな」

その時の彼の瞳は何かを決意したようで、月光に輝いていた。

「好きな人が、苦しい思いをしてんのは」

「へ?」

間抜けな声を出してしまった、彼はそれを面白がる様に慣れない笑みを浮かべて言った。

「お前の心がまだ折れてないなら、俺たちはルールを変えてみせる。だから、お前は辛いならしばらく学校休んでもいいから、壊れないでくれ」

「え、う、うん」

「精神的にも、健康になったら、俺と付き合ってくれ」

「えっ!」

「はは、冗談じゃないぞ。それくらい俺は本気だ」

私は、神様は信じない。だって、いくら祈っても何一つ救ってくれないから。でも、気まぐれで幸せを運んでくれるところは好きだ。


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