scene0-0 鳥が死ぬ夢
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それは、どこか夢に似ていた。
母に手を引かれ、まだ幼い少女はなにか黒くて巨大な機械の前に連れて来られた。それは少女にしてみれば見上げるほど大きな機械だった。そしてとても、冷たかった。
少女にはあまりに恐ろしかったけれど、母の言いつけで木製の階段を登る。嫌そうにしながらも文句ひとつ言わないで、踏み台に足を掛け、その奥にある鉄の椅子に腰を下ろす。ひやりとした感覚が彼女の身体を強張らせる。少女の一瞥に母は頷く。その眼が訴えていることが伝わっていたかどうかはわからない。
白く華奢な両腕を、冷たく頑強な鋼鉄の輪が拘束した。それから彼女の『自由のしるし』を堅い革帯がきつく絞めあげて、その背から引きはがさんばかりに引く。少女の喉が震えてか細い音を出す。鎖に囚われて身動きのとれなくなった少女は、言い知れぬ不安にその無垢な瞳を滲ませる。
それは、まるで処刑のようだった。
少なくとも少女はこれから起こる悲劇を知らなかった。けれど本能だけは逆らえないのだった。我慢して、と無情な言葉をかけた母は、既にその『しるし』を失っている。
母娘が逃れるためには、娘も失わなければならなかった。いや、娘がしるしを失うことだけが、何よりも大切だった。だって彼女には、……どうしたって彼女のしるしは自由などとは程遠かった。それを誰かが知ってしまう前に消し去らねばならない。
だから少女は健気にも、泣きたいのを堪えて、けれど──
背後に振り下ろされた刃はあまり鋭利ではなく、少女の脆すぎる“自由のしるし”はへし折れるようにして背を離れた。
否。始めからそれは自由などではなかった。束縛だったのだ。遂に解放された少女はしかし、想像を絶する苦痛に声もあげず、ただ涙を落としていた。彼女の年齢からは想像がつかないほど悲しい涙の流しかただった。
痛みは鈍く、やがて全身を麻痺させる。足の裏から太ももを伝って腹の上まで這い上がってくる痺れ。相反して脳髄をかき回すような凄惨な振動。身体が動かない。少女はその疼痛を示すのに僅かに指先を曲げるので精一杯だった。鎖の音ひとつしなかった。
残ったのは暗く深い喪失感と、体内の核と、背の傷痕と、大地に“墜ち”た純白の『しるし』。
彼女の存在理由だったもの。
かつて少女を束縛し、母をも同じように苦しめていたもの。
枷。
背に穿たれていた楔。
それはくもりなき一対の、翼──……
『翼持つ者、天を掲げて風を抱かん』
全ては来る終逐の日のために。
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