第三章 Fallen Angel 22
男の子は、制服らしい白いシャツに半ズボンをはいていて、顔からはみ出しそうな黒縁の眼鏡をかけていた。
「あなた、誰なの?」
愛美は喉が渇いていて、枯れた声しか出せなかったが、少年には通じたようだ。少年は怪訝そうな顔をしたが、一瞬の間を置いて納得したような顔をした。
「僕はあなたを知っていますが、あなたは僕と会うのは初めでしたっけ。社長から名前ぐらいは聞いている筈です。巴和馬。以後お見知りおきを」
少年はそこまで言うと、ベッドの脇の小机から水の入った吸い口を取り上げた。巴少年は、ぎこちない手つきながらも、それで愛美に水を飲ませてくれた。
巴和馬。
確かSGAの情報収集専門だと綾瀬から聞いていたが、まだほんの子供ではないか。 愛美だって、人のことは言えた義理ではないが・・・。
巴は愛美の心中が分かるのか、不機嫌そうな顔をした。そして、
「社長からは止められていますが、あなたに関係のあることなので話しておきます。那鬼こと桐生晃は、商事会社に勤めていますが、明日から三日間、突然大阪支店への出張が入りました。多分、間違いなく〈明星〉を上月家に届けるつもりでしょう。お姉さんはどうしますか?」
愛美は、巴の言った言葉の三分の一も意味を理解できなかったが、〈明星〉が愛美の手の届かない場所にいってしまうことだけは分かった。愛美は全身に激痛が走ることを覚悟しながらも身体を起こしたが、痛みはなかった。
「勿論〈明星〉を取り返すわ」
巴はごく無造作に頷くと言った。愛美の方が慌てたぐらいだ。
「どうせそう言うと思ったので、西川さんに頼んでお姉さんの服を持ってきて貰っています。病院を抜け出すなら手伝います」
「ちょっと待って。私、怪我してるんでしょ。病院を抜け出してどこに行くの?」
巴は、冷静沈着な顔に疲弊したような表情を浮かべた。呆れているのかも知れない。
「怪我と言うのは、内臓破裂と折れた肋骨による肺の損傷、及び全身打撲を指すなら、自分の身体を見れば分かりますよね。どこにそんな痕跡があるんです。まる一昼夜眠っていたのは、ただの精神的疲労だそうですよ。社長の元に行くんですか。行かないんですか?」
巴の口調は生意気で、小賢し気だ。愛美は腹が立つよりもおかしくなってしまった。生意気で意地っぱりな感じが、弟の剛を少し思い出させる。
「行くわ」
綾瀬に問い質したいことは山程ある。




