第三章 Fallen Angel 20
綾瀬の肩には、大きな黒い鳥が止まっていた。長門と奈良に出かけた時、愛美達を井上厳照の元まで案内してくれた鴉なのだろうか。
その鴉は、額の真ん中にも目があった。
那鬼が臨戦態勢を解く。彼には綾瀬以外は目に入っていないようだった。那鬼の頬に、皮肉な笑みが浮かぶ。
「久しぶりだな。兄さん」
「晃・・・」
綾瀬と那鬼の間に交わされた言葉は、愛美には遠い異国の言葉のように響いた。
(兄・・・さん?)
「老けたな。再会できるとは、まさか思ってもいなかったよ。運のいい男だ。生き延びていたなんてな」
那鬼と綾瀬が兄弟・・・? 那鬼が誰かに似ていると感じたのは、綾瀬の弟だったからなのか。
(一体、どうなってるの?)
「命は助かったが、お前のお陰で私の目は見えなくなった。この子が目の代わりをしてくれるから、不自由はないがね」
綾瀬はそう言いながら、肩に乗っている鴉の喉を撫でてやった。鴉は猫のように喜んで、目を細める。
(綾瀬が失明したのは、那鬼の所為だと言うの。二人は兄弟じゃ・・・)
「どうする晃。ここはひとまず退くのが賢明じゃないのか。十年前は不覚をとったが、お前に俺は倒せないぞ。それに、今見た通り彼は魔導の心得がある。〈明星〉をやる代わりに、この少女の命は私に預けてくれないか?」
(何を言ってるの。〈明星〉をこの男に渡すなんて、私は嫌よ)
愛美は身体を起こそうとしたが、その瞬間鋭い痛みに襲われて痙攣した。口から赤い液体が迸しり出る。
紫苑が駆け寄ってくる気配を、愛美は朦朧とした頭の片隅で感じていた。
(苦しい。私はこのまま死ぬのだろうか)
「死に損ないの桐生家の元家長に免じて、今日は許してやる。今度会う時は、十年前の決着をつける時だ。あんたの息の根を今度こそ止めてみせる。俺だってもう、十年前の青二才じゃないんだ。甘く見ると痛い目にあうぞ」
紫苑は、ぐったりと動かなくなった愛美の側に跪くと脈をとった。
今はまだ大丈夫だ。気を失っているだけらしい。全身打撲と、内臓破裂。折れた肋骨が、肺に刺さっている可能性もある。
那鬼は、倒れている愛美を暫く見つめた後、
「本当にその娘は夜久野真名なのか?」
途惑いを隠せないらしい声音で、綾瀬にそう尋ねた。
「それは、夜久野真名だけが知っていることだろう」
綾瀬は、はぐらかすような意味深な言葉を返した。瞳がサングラスに遮られて見えない所為で、綾瀬の真意は測ることができない。




