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第三章 Fallen Angel 18

 愛美まなみは不意をついて那鬼なきの横をすり抜けると、現れた紫苑しおんの背後に隠れた。那鬼も、愛美を捕まえようとはしなかった。

 紫苑は、ベロアのブーツにビジュー付きパンツ、光沢のある赤いシャツを身につけていて、雑誌のグラビアから抜け出してきたような出立ちだった。

 長身で整った顔立ちの為、精巧なマネキン人形を思わせる。

東大寺とうだいじ君から連絡を戴きました。もう大丈夫ですよ」

 紫苑は、シャツの背中を握り締めている愛美に優しく微笑みかけると、愛美を那鬼の目から庇うように仁王立ちになった。那鬼が溜め息を吐く。

「大丈夫・・・ね。その綺麗な顔に、傷がついても知らないぞ。夜久野真名やくのまな。お前と上月こうづきのどちらが〈明星あけぼし〉に相応しいか教えてやろう」

 愛美は、隠れていた紫苑の背中から飛び出ると、紫苑の前で両手を広げた。

「この人は関係ないわ。あなたの狙いは〈明星〉と私でしょう。一対一で勝負よ」

――馬鹿者。死ニタイノカ。相手トノ力量ノ差ヲ考エロ

――死ナバ諸共もろともジャ。我ガ子ノ成長ヲ喜ンデヤレ

「外野は黙ってなさい」

 愛美はそう叫んで紫苑の側から離れると、袋小路を背に立ちはだかった。〈明星〉を握る愛美の両手が、小刻みに震えている。那鬼が笑う。

「面白い。夜久野の実力しかと見せてもらおう・・・と言いたいところだが、お遊びに付き合っている程、暇じゃないんでな」

 愛美は、目の前でフラッシュを焚かれたかのような強い光に、思わず目を瞑った。ふっと手応えが消えた気がして、愛美は両手を見た。〈明星〉がない。驚いて那鬼を見ると、那鬼の手に〈明星〉が握られていた。

――姑息ナ真似ヲ

 右近うこんは身体を深く沈めると、獲物を狩る野生動物さながら、那鬼に踊りかかった。

「外野は黙っていろ」

 那鬼は、素早く背広の襟の裏から何か取り出すと、右近目がけて投げつけた。

「オン・バザラダト・バン」

 右近の長く引きずるような悲鳴が上がる。地面に転がった右近の左目に、房のついた針のような物が突き刺さっていた。愛美は後退る。

 愛美は陰陽師の一族に生まれたと言っても、修行などしていない。愛美は〈明星〉の力と、本能的な身を守る術だけでこの一ヶ月間をやってきた。呪文も知らなければ呪法も使えない。

(力が欲しい。自分の身を守る力が)

 那鬼が〈明星〉を握り潰すような動作をすると、手の中から〈明星〉は消えた。

 愛美は必死で〈明星〉を呼んだが、両手に力が集まるような独特の感触は生まれず、愛美の召還に〈明星〉は応じなかった。

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