第三章 Fallen Angel 17
――ミットモナイノ。素直ニ喜ベバ良イモノヲ
いつものような左近の冗談めかした言葉に、愛美は顔を上げた。そう言えば左近と右近は、瑞穂が死ぬか誰かが結界が解くかしない限り、守護結界の張られた校内から出ることが叶わないのではなかったか。
まさか・・・瑞穂が死んだのだろうか。そうだ、大和はどうなったのだろう。命を賭けて那鬼に闘いを挑み・・・その後どうなったのだろう。大和は無事なのか。
愛美は無言だったが、その様子から二匹の山犬神は質問を悟ったらしい。右近の表情が沈んだものに変わると、愛美から目を逸らした。左近も俯いている。
――陰陽師ナド、昔語リニ成リ果テタカト思ッテイタガ
――可惜若イ命ヲ落トストハ、惜シイコトヨ
大和は死んだ・・・のか?
愛美は、アスファルトに響いた硬い靴音に、ハッとして顔を上げた。愛美の予感は的中し、角を曲がって現れたのは那鬼だった。
右近と左近が戦闘態勢をとる。ガスの炎を思わせる青い光が、二匹の山犬神を包んでいた。
「たかが外法と、この俺を同列にするなよ」
那鬼の着衣には乱れがなく、呼吸も落ち着いていた。大和は那鬼に、一矢報いることはできなかったようだ。
愛美は立ち会っていないので、大和と那鬼の間でどのような戦闘が繰り広げられたのか分からない。しかし那鬼がただ者でないことは、こうして近くで見るとすぐに分かった。
ただそこに立っているだけなのに、威圧される。
「お前ら、道案内御苦労だったな」
那鬼の言葉に、右近と左近は毛を逆立てて、低く唸り声を出した。〈明星〉のあるところに現れる右近と左近の気配を追って、那鬼は愛美に辿りついたらしい。
「〈明星〉を返してもらわなくてはな」
愛美は一瞬、この男と会ったことがあるような気になった。
鋭い目。険のある顔付き。冷淡な口調。どこがどうと言う訳ではないが、誰かに似ている。
(誰だろう?)
那鬼が前に一歩踏み出し、反対に愛美は後退した。
(まずい)
反射的に愛美は後ろを振り返った。袋小路で逃げ場はない。那鬼が嘲笑うかのような笑みを浮かべる。しかし、不意にその顔が曇った。
「よくもまあ、これだけ邪魔が入るものだ。この娘と一緒にあの世へ葬られたいのか?」
那鬼は腕を組み、余裕を見せて壁に凭れ掛かる。戦おうと言うより、長話を覚悟してうんざりと姿勢を崩したようだった。
「彼女から離れて下さい。あなたの好きにはさせませんよ」




