第三章 Fallen Angel 15
――結界ガ解ケレバ、スグニ助ケニ行ク。案ズルナ
左近の言葉に頷き、愛美は後も見ずに走り出した。那鬼がそれに気付き舌打ちをする。
「琴子小母さんは、那鬼様と同じ上月の眷族ではなかったのですか? なぜあの人を殺したんです」
『お前達が学校を卒業するまでは、生活費の面倒もみてやろう。気にするな。当然のことだ』
『瑞穂が熱を出した? 医者は呼んだのか? まだなのか。分かった。俺が連絡しておく。後で見舞いにいくから、瑞穂に食べたいものがないか聞いてくれ』
『後一年で卒業だな。何ならうちの会社で働くか。上月家の息がかかってるから融通は聞くぞ』
『夜久野が憎いか。上月を貶め、大切な家宝を奪い他人に不幸をもたらす夜久野が・・・』
冷酷で無表情で、人を見下し嘲笑うことを何とも思わない那鬼。
嫌悪したことも、憎んだことも、この二年間にはあった。しかし、それでも大和は那鬼に魅かれていた。憧れていたと言ってもいい。
那鬼が大和と瑞穂に向ける視線は、あくまで主従関係としての冷淡なものであったが、細やかな気遣いを持っていた。那鬼には、瑞穂のように毛嫌いするような敵も多いようだが、厚く信奉している人間もいた。
カリスマ性と言うのだろうか。
那鬼には、いい意味でも悪い意味でも人を魅きつける何かがあった。しかし那鬼が大和と瑞穂の兄妹を、ただ利用していただけだなんて・・・。
考えたこともなかったし、信じたくもなかった。
那鬼に面と向かって、反発するのは大和はこれが初めてではないか。那鬼の目は、大和を見下している。
(僕は今まで、利用されていただけなのか?)
「あの女が上月の眷族? そんな筈ある訳ないだろう。ただの外法だ。お前の力が利用できそうだったから、上月に渡すように言ったらあの女、嫌だと吐かしやがった」
だから殺した・・・? 大和の全てが否定されていく。
「今まで面倒をみてやってきたにも関わらず、役に立たないガキどもだ。大和。夜久野は逃げたぞ。力を使う相手を間違えているんじゃないか?」
邪鬼に囲まれ、大和と対峙しているにも関わらず、那鬼は落ち着いて顔色一つ変えない。
大和は今まで何も知らずに、この男の操る糸の先、その手の平の上で踊らされていたのか。自分と瑞穂は、何と哀れな操り人形だろう。
人形使いに弄ばれるだけの人生なんか、まっぴらだ。
大和は、初めて那鬼の目を正面から捉えた。
「死ね」
大和の身体から溢れた闇に、那鬼と大和の姿は包み込まれて見えなくなった。




