第三章 Fallen Angel 14
「ひどい願いだと思うでしょうが、もし瑞穂が無事ならば、あの子の友達になってやってもらえませんか。瑞穂には、那鬼様から戴いた式神達しかいなかったから・・・。もし違う形で出会っていれば、君と瑞穂がいい友達になれたと思うのは、兄貴の身勝手かな」
大和はそう言って淡く微笑すると、愛美に背を向けて那鬼の方に向かって歩き始めた。
「どうする気。何をするつもりなの?」
大和の身体から黒い気が立ち昇る。冷気が足元に這い寄ってくる。
「那鬼様が自らお出ましになられたからには、間違いなく君は殺されて〈明星〉は奪われるだろう。僕を許して欲しいとは言わない。償いには程遠いのも分かっている。巻き込まれないよう、この場から離れてくれ」
黒い霧が辺りに立ち込める。ねっとりとまとわりつく夜の闇とも違う、心の隙間に入り込んでくるような闇。
(息苦しい。嫌だ。ここにいたくない)
「やめて、瑞穂さんはどうなるの。あなたに何かあったら悲しむわ」
愛美の言葉に、大和の足取りは少し乱れた。しかし、決心を覆す気はないらしい。
大和の身体を包む黒い光が、炎のように猛る。辺りには、冷気だけでなく濃い瘴気まで漂い始めた。
地面の中から、目玉の飛び出した邪鬼どもが、もぐら叩きのもぐらのように、ボコボコと顔を出す。
――闇ヲ呼ビ、邪鬼ヲ意ノ儘ニ従ワセル力ヲ持ツ者ガ、時ニ生マレルト聞ク。シカシ、闇ハ人ガ扱ウニハ危険スギル代物。コレダケノ闇ヲ呼ベバ、呪者モ死ヌゾ
左近の言葉に、愛美はやっぱりと思った。大和は命を賭けるつもりだ。那鬼はもたれていた壁から離れると、右手を左手で押さえながら、向かってくる大和の方に歩き始めた。
「そんな子供騙しが、俺に通用すると思うなよ」
邪鬼どもは愛美には目もくれず、大和の後について那鬼に向かっていく。
――逃ゲロ。アノ男タダ者デハナイ。陰陽師ノ匂イガスル
那鬼の右手から白い光が迸る。愛美はどうすればいいのか分からないと言った顔で、右近と左近を見た。左近が重ねて言う。
――我等ハ、コノ守護結界ノ張ラレタ、校内カラ出ルコトハ適ワヌ。アノ娘ガ死ヌカ、誰カガ結界ヲ解クマデ、我等ハ此処ヲ動ケヌノジャ。行ケ。巻キ込マレルゾ
愛美がまだモタモタしていると、右近が吠えた。
――相手ガ悪イ。其方ニハ、本物ノ陰陽師ニ対抗スル力ハ無イワ。死ニタク無ケレバ、早ク逃ゲロ
愛美は〈明星〉の鞘を拾うと、先程大和から返されたハンカチで血を拭い鞘に収めた。




