第三章 Fallen Angel 13
大和がガバリと顔を上げる。周章狼狽を隠せない様子だ。
「那鬼様、まさか瑞穂と・・・」
那鬼は冷酷に大和の言葉を否定する。
「と、じゃなくを、だ。・・・犯してやった」
そう言って嘲笑いながら那鬼は、
「お前にも見せてやりたかったぞ。嫌がり泣いて懇願するあの娘を。それでも何度かヤる内に、自分からねだるようになった。女は分からんものだな」
下卑た笑いを洩らす那鬼を、愛美は許せないと思った。他人を見下し、嘲笑うその男を八つ裂きにしてやりたい気分だった。
「瑞穂を愛していたのですか」
それなのに、まだ大和はその男を信じようと信じたいと思っているようだった。那鬼を見る目が、捨てられた小犬のようだった。那鬼がそれを、呆気にとられるぐらい簡単に突き放した。
「あんな小娘に興味はない。弄んでやったたけだ」
大和は、何もかも失い放心した状態で宙を見つめている。
(許せないこの男。この人と瑞穂さんを利用するだけ利用して、一体何が目的なの。一体何者なのよ)
愛美の握り締めた右手に、瑞穂の血に濡れたままの〈明星〉が握られていた。愛美がゆっくり立ち上がると、大和がカーディガンの袖を引っ張った。
「君は夜久野の末裔だったけれど、僕が殺した君の家族にとっては、君は間違いなく近藤愛美と言う家族の一員だった。君の父親と弟に、夜久野に騙されているのだと告げた時、君は自分の娘だと、お姉ちゃんはお姉ちゃんだと言われてしまったよ。僕は何の罪もない善良な人々を、この手にかけてしまったんだ」
(お父・・・さん。剛・・・。紫苑さんも言ってくれた、例えどんな名前で呼ばれようとも私は私だって)
それでも、父親が言ったお前は娘じゃないと言う言葉は、愛美を叩きのめすのに十分だった。東大寺にはその台詞が、誰かに操られてのものだと教えられたが、愛美は憎まれて当然だと思った。
彼らの日常生活にヒビが入ったのは、紛れもなく自分の、夜久野真名の所為なのだから。しかし、大和の言葉に愛美の心の傷は癒されたようだった。
(私を許してくれていたの? 実の娘でもなく、日常の幸せを破った私を家族として認めてくれていたの?)
大和は立ち上がると、愛美が〈明星〉を握り締めている両手を、大きな手の平で包んでくれた。大和の目を見て、愛美はドキリとした。自分の家族を奪った殺人者の目にしては、あまりにも優しく儚かった。




