第一章 Welcome to my nightmare 8
「なあ、紫苑。そいつら、死んでんのか?」
一七、八歳ぐらいのその少年は、量販店の半袖Tシャツに、洗い晒しのジーンズと言った格好をしていた。少年は不安気な顔をしながら、窓から顔を突っ込んで、教室の中を覗いている。
その問いに対して、もう一人の女。――いや、髪の長い綺麗な顔をした青年、紫苑が――白のボトムが汚れるのも構わず膝を折った。紫苑は、倒れている中年の男性教師の脈をとる。
「いいえ。どうやら眠らされているだけのようです。多分結界か何かが引いてあるのでしょう。術さえ解ければ、自然に目覚めますよ」
紫苑が、言って立ち上がると、結構上背があった。頭が小さく手足が長いモデル体型の為、本来の背丈よりも高く180を超えて見える。
彼の連れの少年が小さく見えるが、それでも170㎝はありそうで、実際の身長差は5、6cmか。
紫苑が教室を後に廊下へ出た時、もう一人の少年の方が、眉を怪訝そうに少し顰めた。
「今、何か匂わへんかった?」
空気中に散乱した微量の匂いの異分子を、確かめるように、少年は鼻をひくつかせる。
「学食の匂いでも残っていましたか」
「うむ。今日の人気献立は八宝菜と・・・って、何、言わすんじゃ、アホ」
惚けた返事を返す少年に、紫苑は笑いもせず真面目な顔をして言う。
「いえ、東大寺君の嗅覚の良さは、犬並みだと思いまして」
「それって誉めてる訳?」
東大寺少年は顔をしかめて、紫苑を仰ぎ見た。紫苑は、勿論ですと言いきり、何かおかしなことでも言いましたかと言うような顔をしている。東大寺はそれを見ると、僅かに肩を竦めた。が、次の瞬間。
「血の匂い? 上からや」
「血の匂い!」
「上ですね?」
東大寺少年の言葉を聞くと、紫苑はさっと身を翻し廊下を駆け出した。
「あっ、ちょっと待て、紫苑! 廊下は走ったらあかん・・・ねんでぇ」
東大寺はそう言うと意味あり気な笑みを口元に浮かべ、自分も脱兎の如く走り出した。校内を大手を振って走るなど、滅多に出来ることではない。
誰も、彼らを咎める者はいないのだ。
全ての教室には、死に絶えたかのように眠る生徒と教師しかいない。まるでお伽噺の中の魔法のかかった茨のお城だ。さしづめ彼らを 待ち受けているのは〈眠り姫〉と言ったところか?
二人は手近の階段を二階まで一気に上がると、目指す教室へと向かって走った。ここまで来れば紫苑にも分かる。血の匂いともう一つ別な何か・・・。
かなり前を楽々と走っていた東大寺少年が、突然ぎょっとしたように立ち止まった。紫苑も少し息を切らせながら少年に追い着くと、教室の中を伺った。
その瞬間、紫苑の秀麗な顔が凍りつく。