第三章 Fallen Angel 10
もう東大寺は、溢れ出る涙をそのままに、倒れている大和の腹に馬乗りになって、胸を拳で叩いている。
力なく横たわっていた大和の目からも涙が零れ、唇が瑞穂の名前を紡ぎ出した。東大寺は暫く荒い息を吐いていたが、自分を落ち着かせるかのように深く息を吸った。
「あんたら、那鬼に利用されてるだけや。夜久野は何の関係もない。これ以上夜久野の名に踊らされたらあかん。両親が亡くなったんはあんたの、今の邪鬼を呼ぶ能力が原因で、助けてくれた男は居合わせた山伏で、陰陽師やない。養母を殺したんは、那鬼本人や」
大和が嘘だと呟いたが、声は力ないものだった。東大寺は、鼻をこすりながら組み伏せていた大和を解放する。
「本人に聞いたらええ。とにかく俺はこの娘を病院に運ぶ。真実を知って二人で人生やり直し」
東大寺は、瑞穂を抱き上げた。微かに胸が上下している。まだ生きている。東大寺は大和を振り返って、力強く頷いた。
「君と一度、ゆっくり話ができたらいいな」
大和の言葉に東大寺は照れ臭そうな笑顔を浮かべると、
「いつでも待ってるで」
と言って、跡形もなく姿を消した。
大和は寝転んだまま、白い校舎に挟まれた空を見上げていた。一時間目を告げるらしいチャイムが、こんな場合ながら長閑に響き渡る。小さな足音が、何処かに駆け去って行った。大和はそれでも、顔を上げなかった。
夜久野真名・・・。
大和は目を閉じた。
『助けて。お父さん。お母さん』
(怖いよ。助けて)
黄緑色の目を光らせて、気味の悪い生き物が地面の中から這いずり出てくる。腕の中の小さな瑞穂が、怖いよ兄ちゃんと言って、首にかじりついてきた。
『大和。瑞穂』
父の声と母親の悲鳴が混じって、不協和音を作り出す。走ってくる父親の足が、黒い霧に捕らわれガクンと前につんのめった。
『あなた!』
(瑞穂、見ちゃ駄目だ)
瑞穂を抱き締めて、その悲鳴に耳を塞いだ。
『大和・・・瑞・・・』
(助けて。誰か。助けて。せめて瑞穂だけでも)
『そなたら! まさか、そなたが・・・』
声に驚いて顔を上げると、白い着物を着た男が立っていた。長い木の棒を持っている。
『臨 兵 闘 者 界 陣 列 在 前』
男が、顔の前を払うような動作をしながらそう言うと、気味の悪い生き物達は、土の中に潜りこんで見えなくなった。
『いいか、そなた、今日見たことは他言無用じゃ』
大和は、顔の上に黒い影が落ちたことに気付き、目を開けた。




