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第三章 Fallen Angel 9

「俺は、救急車を呼ぶ間の時間で、この子を病院まで運べる。大切な妹を死なせたくないやろが」

 大和やまとの手の中の棒手裏剣が、空を切った。東大寺とうだいじは小さく舌打ちして、愛美まなみを再び抱え上げると、木の後ろに隠れた。

「敵の施しは受けぬ。夜久野真名やくのまな、貴様は、両親のみならず妹まで奪うのか。貴様の所為で、我々がどれ程苦しんだと思っている! 妹のかたき。貴様を今ここで血祭りに上げてくれる」

 藤棚から音もなく飛び降りた大和の身体から、うっすらと黒い炎が立ち昇り始めた。東大寺が、まずぅと小さく呟く。

「妹を傷付けられた怒りで、封印が解けやがった」

 唇を噛んで恐い顔をしている東大寺の腕を、愛美は強く掴むと揺さぶった。

「封印って何。どうしてあなたがここにいるの」

――キタ。気ヲ付ケロ

 右近うこん左近さこんの、腹の底に響くような声が飛んだ。

(気を付けるって何を?)

 二匹の山犬神の身体から、青いオーラが漂っている。思わずひれ伏したくなるような荘厳な気配の他に、どす黒い闇の匂いが近づいてくる。

 愛美も東大寺も立ち上がって、地面から立ち昇ってくる冷気の正体を確かめようと、視線を彷徨わせた。黒い霧が、足首にまとわりつく。

「嫌っ」

 地面から、コールタールのように黒い不気味なものが這い出してくる。しっとりと吸いつく泥のように、愛美や東大寺に絡みつき、闇の中に引きずり込もうとする。

 空に向かって伸びる黒いそれは、海草のようにも見えた。大和や瑞穂をも、包み込もうとしている。

「こんのボケナス野郎」

 吐き捨てるように東大寺は言うと、一瞬にして愛美の視界から消え、次の瞬間には大和の前にいたかと思うと、大和の顔面を殴り飛ばしていた。

 大和の身体が吹き飛び、黒い霧は暫くいやいやするように漂っていたが、掻き消すように見えなくなった。

「死んでもうたら、二度と逢えへんねんぞ。分かってんのかい? たった一人の妹の命の瀬戸際に、復讐も何もないやろが。仇を討てば妹が喜ぶとでも思ってんのか。このアホンダラ。ふざけんな。彼女なぁ、お兄ちゃんって、呼んでたんやぞ。たった一人の肉親やろが」

 東大寺はそう言いながら、流れ出た涙を腕で拭った。しかし、涙は後から後から溢れてくる。東大寺は鼻を啜りながら、なおも言った。

「俺も、あんたの気持ちは痛い程分かる。大切な妹があんな目に合って、腸煮え繰り返るのも、持って行き場のない悲しみで、心ん中ズタボロになるのも、自分が死んだ方がましやと思うのんも、やからこそ、側にいたれよ」

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