第三章 Fallen Angel 7
瑞穂の言う通り、愛美はエゴイストだ。しかしただ一つの救いは、本当に死ねばいいとは思っていなかったことだろう。愛美は今、痛烈に自分を責めている。
責めても、死んだ人間は戻ってこないが・・・。
「夜久野の血は他人を不幸にする。十年前に一族ともども、滅べばよかったのに。貴様さえいなくなれば」
「それでも私は生きているわ。否定されたって、私は死にたくない。死ねない」
瑞穂が呪文を呟きながら指を鳴らすと、倒れていた式神達の姿が消え、元の紙へと戻った。瑞穂が手を伸ばすと、紙きれは瑞穂の手の平に吸い込まれるようにして消えた。
瑞穂の握り締めた両手に、一振りの日本刀が現れる。その瞬間、決戦の火蓋は切って落とされた。愛美と瑞穂は、一気に間合いを詰めると刀を交えた。
硬質な音が響き、白い火花が散る。
――ホウホウ。コノヨウナ世ニナッテ、呪者同士ノ、呪術合戦ヲ見ラレルトハ、長ク生キテミルモノヨノ
――アノヨウナ外法ニ、手間取ルナド、甘過ギル
――式神デハ〈明星〉ニハ、対抗デキヌ。ホラ右近、モウスグ終ワリジャ
幾度か刃を交え、愛美は一旦間合いをとると、再び瑞穂に切り込んでいった。ヒュルヒュルと音がして、空を切った折れた日本刀の先が地面に突き立った。
――勝負アッタ
瑞穂の顔が歪む。愛美は〈明星〉を水平に構えると、瑞穂の懐に飛び込んだ。小刀の切っ先は、瑞穂の身体まで届かない。見えない壁でもあるかのようだった。
――守護結界トイイ、防御結界トイイ、相手ハ結界使イカ
――ドコマデ耐エラレルカ、見物ジャ
(憎い。私の日常を奪ったこいつが憎い。こいつさえ死ねば)
愛美は、自分の感情が暴走していることに気付いていた。気付いていたが、その暗いドロドロした感情に支配されている自分を、制御しようとは思わなかった。
(死ねばいい。瑞穂さえ現れなければ、野沢舞や大西晶子を殺したい程憎んでいることにも気付かずに済んだんだ)
(殺シテヤル)
その時突然、愛美を現実に引き戻そうとする強い力を感じた。
「愛美ちゃん。あかん。彼女を殺したらあかん。やめるんやーっ!」
東大寺の声。
(何をやめろって? こいつを殺すのをやめろですって。私の日常を奪ったこいつを)
瑞穂の張っていた防御結界に亀裂が走った。愛美の〈明星〉が、刃毀れしそうな程ギシギシと音を立てる。




