第三章 Fallen Angel 6
「死ねっ」
地面に転がっていた形代が、十数本の矢に姿を変えると、弓の弦から離れたように一直線に愛美目がけて飛んできた。愛美は、避けられないと知り、恐怖で目を閉じた。
ビシィッ
愛美は身体を竦めたが、またしても〈明星〉に救われたことを知った。小刀が、一瞬爆発したかのような光を放ち、矢は全て弾き返されていた。愛美の耳に、ガラスが割れる音と悲鳴が聞こえた。
瑞穂が、立っていたその場所に膝を付いた。左腕に矢が刺さっている。自業自得だと愛美は冷笑しようとしたが、ハッとして顔色を変えた。
今のガラスが割れた音は、十中八九愛美が弾き返した矢の所為だろう。瑞穂は腕から矢を引き抜くと、愛美を冷酷そのものの声で責めた。
「人殺し」
(何を言っているの? 違う。私は人殺しじゃないわ。人殺しはあなたの方よ。私から家族を奪った悪魔だわ)
「人殺し。夜久野の呪われた血を引く鬼め」
違う。
愛美は大きな声でそう叫ぼうとしたが、地面に横たわる白い影に気付くと、ゆっくり顔をそちらに向けた。木陰に隠れてここからではよく見えないが、白いカーディガンの背中に突き刺さった矢は、確実に人の命を奪う代物だ。
広がっていく赤い染みに、愛美は頭を殴られたような衝撃を受けた。
野沢舞だ。愛美がナイフ片手に瑞穂に向かっていったのを見て、教師を呼びに行こうとしたのか、逃げ出そうとしたのかは分からないが、野沢舞は愛美が弾いた矢に当たったのだ。
「貴様の所為だ。人殺し」
瑞穂の台詞に、愛美は心臓を鷲掴みにされたような気分を味わいながら、不可抗力だと叫んだ。そうだ。不可抗力なのだ。
(私が悪いんじゃない。私の後を尾行してきたのが悪いんだ)
「みすみす死なせたのは、貴様のエゴイズムじゃないのか。助けることだってできた筈だ」
愛美は、聞きたくないと言うように耳を塞いだ。もしこれが、大西晶子の取り巻きではなくミヤスケやアズ、それとも他の生徒だったら・・・。愛美は間違いなく命を賭けてでも守っただろうし、最初からこの場所には近付けない筈だ。
愛美は野沢舞が現れた時、心の片隅で死んでしまえばいいと思わなかっただろうか。こんな奴、巻き込まれて死んだって構うもんかと。
愛美は野沢舞が倒れているのを見て、一瞬喝采を上げそうになったのではないか。どうせなら、大西晶子が死ねば良かったのにと。
(私は最低な人間だ。瑞穂との闘いに巻き込まれることを承知で、野沢さんを助けようとしなかった)




