第三章 Fallen Angel 4
殺人を犯した者の唱える正義に、理屈などない。
夜久野の名を持つ者に両親を殺されたからと言って、復讐の相手に夜久野の生き残りの愛美を選ばれてはかなわない。
「十一月は、父と母の十三回忌がある。十二年前のあの日。兄の休校日を利用して、家族で日帰りで伊豆に行った。山道を散策していた私達親子は、突然邪鬼に襲われた。両親は殺されてしまったが、兄と私は白装束の男に助けられた。親戚がなかった為、私と兄は施設に入れられた。数年後、私と兄は年老いた女に養子に引き取られたが、その女が殺されて、もうすぐ二年になる」
瑞穂の口調は淡々としていて、仮面のように無表情だった。しかし、その言葉が終わった途端、憎悪のこもった視線で愛美をひしと睨みつけた。
「私と兄を助けてくれた男が夜久野の眷族で、実は修練中に呪法で呼び出した邪鬼が暴走して、私達親子を襲ったことや、上月の眷族であった養母を血祭りに上げた夜久野の残党のことを知ったのも、この一年のこと」
瑞穂の語り口が、客観的過ぎる程に感情が欠落していた為、愛美はよりいっそう瑞穂の無念さが身に染みた。
「夜久野さえいなければ」
「だからと言って、私の家族やクラスメイトを殺してもいい訳? 関係ない人間まで巻き込むことが、あなた達兄妹の復讐なの?」
愛美の言葉に、瑞穂は違うと何度も首を振った。
「命令に従っただけ。私が復讐したいのは、夜久野真名、あなた一人よ!」
死神の仮面を脱ぎ捨てた少女は、それでもやはり愛美を殺すことだけで頭が一杯なようだった。
「命令って・・・」
愛美は、痛ぅと呟いて頬を押さえた。手の平を離すとべったりと朱色の血がついていた。愛美を囲むように、白い紙が空中に浮いている。人型をした紙きれは形代と呼ばれ、陰陽師などの呪者の必須アイテムだ。
――油断シタモノヨノ。タダノ形代デハナイカ
野次を飛ばすのは、右近と決まっている。
「うるさい。黙ってなさいよ」
愛美は、つい口に出して怒鳴っていた。両手を握り締めて、愛美は半眼になって集中した。愛美の手の中に、鞘に収まった〈明星〉が現れる。
そこへ、朝のH・Rの終わりを告げるチャイムが聞こえた。中庭には、昼食時か掃除時間ぐらいしか生徒は訪れないが、誰か来るとまずい。
「思う存分闘いたいなら、場所を変えることをお勧めするけど」
愛美の提案は、瑞穂に一蹴された。空を切った形代を〈明星〉で叩き落とす。再び顔を切りつけられそうになり、愛美は思わず紙きれを掴んで握り締めた。




